著者
森津 千尋 Chihiro MORITSU 宮崎公立大学人文学部 Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 = Bulletin of Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities (ISSN:13403613)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.233-243, 2020-03-06

本稿では、婦人雑誌における新婚旅行記事を資料として、大正から昭和初期にかけての新中間層における新婚旅行の普及について検討を行った。新中間層が主な読者層とされる婦人雑誌においては、まず理念的な新婚旅行の提唱や検討から始まり、次第に実践を前提とした具体的なアドバイスや携帯品の紹介等の実用記事へと内容が変化していく。そして著名人や読者の新婚旅行体験記が掲載されるようになり、新婚旅行はいくつかの誤解や失敗がありつつも「よい思い出」として語られることで、肯定的に再生産されていく。このように婦人雑誌で取り上げられるようになり、明治後期にはまだ「憧れ」であった新婚旅行は、大正末期から昭和初期にかけて新中間層の間で普及し、婚礼儀式の一部として実践されていく。そしてその結果、この時期には、同じ場所へ同じスタイルの新婚旅行夫婦を運ぶ「新婚列車」が登場し、新婚旅行の大衆化・画一化がさらに進んでいく。
著者
森津 千尋 Chihiro MORITSU
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 = Bulletin of Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.197-208, 2017-03-10

日本で「新婚旅行」という言葉が使われるようになったのは明治20年以降であり、最初は英語 honeymoon の訳語として登場した。「新婚旅行」に限らず、この時期には西洋からもたらされた物や概念を指す訳語が作りだされ、「恋愛」「家庭」といった言葉もこの時期に誕生した。そして知識人の間では、理想としての「恋愛結婚(当時は自由結婚)」また夫婦や親子が愛情で結びついた「家庭(ホーム)」が論じられ、それら概念を背景に「新婚旅行」は語られるようになっていく。またこの時期には上流階級を中心にレジャー文化が拡がり、多様化する旅の一形態としても「新婚旅行」は受け入れられていく。当時「新婚旅行」に行けたのは限られた一部の上流階級のみであったが、新聞や家庭小説などで「新婚旅行」が取り上げられることで、実際には「新婚旅行」に行けない人々にも「新婚旅行」のイメージが認知されていったことが考えられる。