著者
黄 文溥 Wenpu HUAHG 華僑大学外国語学院 College of Foreign Language Huaqiao University China
雑誌
世界の日本語教育. 日本語教育論集 = Japanese language education around the globe ; Japanese language education around the globe (ISSN:09172920)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.193-208, 2002-06-28

従来、時間節の事態と主節の事態が継起的である場合、q 時間節の述語動詞のアスペクト形式が同一でその形式が表すアスペクト的な意味も同じだと考えられる立場と、w「(スル)前」節と「(シタ)後」 節のアスペクト形式がスルかシタかをとり、それぞれ違うアスペクト的な意味を表し、その違いをスルとシタのアスペクト的対立と考える立場がある。本稿では、「(する)まで」節や「(し)てから」節などをも考察し、時間節のスルもシタもシテも同じく完成相形式で、そのアスペクト的な意味の違いを含め、 それぞれの時間節のアスペクトの異なったあり方は後続・先行関係や先行・後続関係などといった時間関係と関連するということを論じる。 具体的には次のような事実を指摘する。(1)後続・先行関係を表す「前(に)」複文と先行・後続関係を表す「後(で)」 複文や「(して)から」複文とで時間節の述語動詞の完成相の表すアスペクト的な意味やその他のアスペクト的な性格が異なっている。(2)「前(に)」節や 「まで」節の述語動詞の完成相が 〈終了限界達成≠ひとまとまり〉 を表す場合、無限界動詞に制限が見られ、「後(で)」節や「(して)から」節の述語動詞の完成相が 〈開始限界達成≠ひとまとまり〉 を表す場合、 多くの動詞に制限が見られる。(3) この種の制限は継起的時間関係が捉えられる他の従属節(「(しない)うち(に)」節や「するのを待つ」の「するのを」節)にも見られる。This present article intends to point out the following facts:(1) In mae (ni) clauses referring to precedence and in ato (de) clauses and (shite) kara clauses referring to subsequence, the meanings of the perfective and other aspectual features of both are different.(2)When the perfective of mae (ni) clauses and made clauses does not refer to the action as a whole, but only to its end point, atelic verbs are restricted in use, and the perfective of ato (de) clauses and (shite) kara clauses does not refer to the action as a whole, but only to its initial phase, and many verbs are restricted in use.(3)Such restrictions can be found in other complex sentences referring to sequential temporal relation.