著者
FEDOROVA ANASTASIA (2013) フィオードロワ アナスタシア (2011-2012)
出版者
京都大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

本年度、申請者はこれまでのリーサーチを通して収集された一次資料の整理作業を行い、その分析をもとに"Japan's Quest for Cinematic Realism frorm the Perspective of Cultural Dialogue between Japan and Soviet Russia, 1925-1955"(和訳 : 「ソビエト・ロシアとの文化対話から見た日本映画史におけるリアリズムの追求、1925-19551」)というタイトルの博士論文を執筆した。本博士論文において、申請者は当初計画されていた研究課題を大幅に拡充した。即ち、本論文は、ソビエト・ロシアに留学し、そこで育んできたリアリズム観やモンタージュに対する知識を自らの作品のなかで応用してみせた日本を代表するドキュメンタリー映画監督である亀井文夫の作風ばかりでなく、1925年から1955年までの日本映画における、より広い意味での「リアリズム追求の歴史」を、日本とソビエト・ロシアとの映画交流を軸に論じているのである。申請者の博士論文は、1925年から1955年までの間におこった日ソ間の映画交流(相互間における映画作品や映画理論の受容、留学体験を通しての映画知識の共有、合作映画の製作など)を詳細に分析することで、これらの交流を促進させていたのが、日本とソビエト・ロシア両者におけるリアリズムに対する強い感心であったことを明らかにしている。結論部分では、日ソ両映画界に共通していたこの強い感心が、ハリウッド映画の世界的影響力への対抗心から来るものであったと主張され、日ソの映画人が目指していたリアリズムという芸術潮流は、メインストリーム(ハリウッド映画)に対するイデオロギー的及び美学的アルターナティヴの追求として定義付けられている。
著者
FEDOROVA ANASTASIA
出版者
北海道大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

京都大学で執筆した博士論文 “Japan’s Quest for Cinematic Realism from the Perspective of Cultural Dialogue between Japan and Soviet Russia, 1925-1955”を単行本として纏めるにあたって、これまでの研究成果を再吟味した上で、新たな一次資料の調査・収集を行い、戦後の東アジアにおけるリアリズム映画の比較研究をさらに発展させた。2016年9月1日 ~ 2017年5月31日にかけては、イェール大学(アメリカ)のEast Asian Languages and Literatures学部に客員研究員として籍を置き、東アジア諸国における映画関係資料が豊富に所蔵されているコロンビア大学東アジア図書館(Makino Collection)や、左翼系の映画運動史に関する資料が集められたニューヨーク大学図書館(Tamiment Library & Robert F. Wagner Labor Archives)での資料収集を行った。このとき得られた研究成果は、英語でまとめた上で、世界最大規模のアジア研究学会であるAAS (Associatio for Asian Studies) で口頭発表を行った。去年から本年度にかけては、戦後の日本で刊行された唯一のソビエト映画専門誌である『ソヴェト映画』(1950年~1954年)の復刻版の作成にも携わってきた。雑誌『ソヴェト映画』の総目次や索引を作成し、『ソヴェト映画』の刊行と廃刊の裏にあった歴史的背景、戦後のソビエト連邦における映画制作事情、戦後の日本におけるソビエト文化の受容形態を考察した解説文を執筆した。これらの総目次と解説文を所収した『ソヴェト映画』の復刻版は2016年7月に不二出版から発行された。