著者
宮川 洋一 福本 徹 森山 潤 MIYAGAWA Yoichi FUKUMOTO Toru MORIYAMA Jun
出版者
岩手大学教育学部
雑誌
岩手大学教育学部研究年報 (ISSN:03677370)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.89-101, 2009
被引用文献数
3

近年,「青少年が利用する学校非公式サイト(匿名掲示板)等」,いわゆる「学校裏サイト」の存在が話題となっている.平成20年4月に公表された文部科学省スポーツ・青少年局青少年課による調査(2008)では,このようなサイト・スレッド数は38,260件に上ることが明らかとなった.また,抽出調査した書き込みの2,000件の内,「キモイ」「ウザイ」の誹謗・中傷の32語が含まれるものが50%,性器の俗称などわいせつな12語が含まれるものが37%,「死ね」,「消えろ」,「殺す」など暴力を誘発する20語が含まれるものが27% になることが確認された.高度情報社会の影に対する教育の必要性は,多くの研究者が述べているが,社会問題化している学校における「いじめ問題」とインターネットをはじめとする情報通信環境の普及が絡み合い,情報モラル教育は新たな段階をむかえている.これまでも,義務教育諸学校では,情報モラル教育,メディアリテラシー教育などを通して,高度情報社会の影の部分を指導するとともに,教育活動全体で推進する道徳(道徳の時間も含む)などを通して,基本的な生活習慣や人間としてしてはならないことなど,社会生活を送る上で人間としてもつべき最低限の規範意識,自他の生命の尊重,自分への信頼感や自信などの自尊感情や他者への思いやりなどの道徳性を養う指導を継続している.しかし,児童・生徒を取り巻く環境は急速に変化しており,携帯電話に代表されるネット端末の普及は「学校裏サイト」などへの関わりの温床となっていることが,容易に想像できる.これまで以上に,高度情報社会の影に対する学校教育のあり方,言い換えれば,学校における情報モラル教育の重要性が増してきたといえる.特に,義務教育では,学習指導要領改訂の時期となり,これまでの研究を整理し,今後の課題を明確にしておくことは,意義あることと考えられる.一般に,義務教育では,児童・生徒の実態把握→カリキュラムの立案→教材の選定または開発→授業実践及び評価という一連の手順を経て,教育実践がなされる.この観点から先行研究を整理しておくことは,学校現場の教員にとって,有意義なものになると考えられる.これまで,情報モラル教育,情報倫理教育に関する研究を整理したものでは,阿濱(2004)が,高等機関における情報倫理教育,初等中等教育における情報倫理教育という区分で先行研究を概観している.そして,これらの先行研究で取り上げられてきた学習すべき内容を整理し,カテゴリ分けをしている.義務教育における研究の概観もなされているが,既述した四つの観点において,先行研究を整理したものではなく,情報モラル教育,情報倫理教育に関する研究を,既述した四つの観点から整理したものは,管見の限り見あたらない.そこで,本研究では,情報モラル,情報倫理に関する教育の先行研究について,特に義務教育段階に焦点を当てて,児童・生徒の実態把握,カリキュラム,教材開発,授業実践及び評価のカテゴリを設定して整理をした上で,今後の研究を展望することにした.なお,西・本郷(2005)よれば,情報モラルについては,「情報倫理意識に基づき,個人の自主的な判断,自己の内的規制ないしは自己統制による,個人の行動や態度」と捉え,情報倫理は,「情報社会における人間のあり方にかかわる問題として,人間社会としての共同体を存続させるための道理あるいは社会規範」と捉えている.一方,越智(2000)は,情報モラルについて,「情報モラルという標語とともに言及されていることがらは,すべてこれまで『情報倫理』という言葉で問題とされてきたものばかりである.」とした上で,「情報モラルが,発達段階を考慮して造語された初等中等教育向け情報倫理だと見なすのが自然である」と指摘する.これらの用語には,いくつかの捉え方があることを踏まえつつ,本研究では,基本的に以後「情報モラル」で括り,使用することにする.