著者
安田 真穂 Maho Yasuda
出版者
関西外国語大学・関西外国語大学短期大学部
雑誌
研究論集 = Journal of Inquiry and Research (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
vol.85, pp.135-149, 2007-03

『妬記』は南朝宋の虞通之が太宗の勅命によって撰した、女性の嫉妬にまつわる話を集めた書物である。本稿ではこれまで小説という観点から論じてこられなかった『妬記』を、その成立意義と「妬」を題材とした小説の流れから論じた。『妬記』に語られた女性の嫉妬は、実は夫への深い愛情ゆえの嫉妬であったことを読み取り、臨場感のある描写によって夫婦間の心の機微を巧みに捉えて描いていることを指摘した。そして『妬記』の出現以降、嫉妬によって殺された妾たちの復讐の念は、儒教道徳の圧力を受けない志怪小説という虚構世界で自由に表現できるようになる。家庭の中で秘されるべき「妬」は、こうして小説のテーマとなって語られ、唐宋代には更に別のテーマと絡み合いながら複雑で膨らみをもった虚構小説へと変わっていく。つまり『妬記』は、嫉妬を小説のテーマの一つへと昇華させ、「妬」が生み出す怪異を語る流れを作った、先駆的な作品であったと指摘した。