著者
三浦 啓二 Miura Keiji
出版者
神奈川大学 国際常民文化研究機構
雑誌
国際常民文化研究叢書4 -第二次大戦中および占領期の民族学・文化人類学-=International Center for Folk Culture Studies Monographs 4 ―Ethnology and Cultural Anthropology during World War II and the Occupation―
巻号頁・発行日
pp.249-267, 2013-03-01

ルーマニア出身の宗教学者ミルチャ・エリアーデは、小説家や神話学者としても知られているが、ルーマニアやバルカンのフォークロアに関心を持った民俗学者であったことは、故国を除き、よく認識されていないので、エリアーデの民俗学研究の重要性を明らかにしたい。 エリアーデは、フォークロア研究は文化の様式やシンボルの解明に資すると認識したが、その背景には、3 年間のインド滞在経験や両大戦間期のルーマニア人の宗教性とアイデンティティーをめぐる知識人の論争があった。エリアーデのフォークロア研究は、建築をめぐる人柱伝説である「マノーレ親方伝説」のバラッドおよび羊飼いの謀殺と死を結婚に擬する儀礼をめぐる口承叙事詩「ミオリッツァ」の研究に集約される。 「マノーレ親方伝説」研究では、伝説の宗教的神話的意味を究明し、人柱となった妻の「犠牲としての死」と建築現場から飛び降りた親方の「非業の死」を、宇宙創造神話における巨人の創造のための犠牲としての死を反復したものであり、「創造性ある死」であるとの解釈を提示した。また、「ミオリッツァ」研究では、羊飼いの死は、死を前にした諦念を表しているとの伝統的解釈を避け、叙事詩に歌われる「神秘的結婚」は、自分の運命を変えたいとする羊飼いの意思を表しており、強大な周りの民族の侵入の恐怖に晒されたルーマニア人は、羊飼いの運命を自己の運命に重ね合わせていると解釈している。 日本の民俗学、民族学との関係については、呪術的植物である「マンドレーク」の伝説研究と、日本の霊魂観に関心を示した著作『永遠回帰の神話』を取り上げる。 エリアーデは、「マンドレーク伝説」研究で、植物学、民俗学者南方熊楠が、1880 年代に英国の雑誌『ネイチャー』において、欧州のマンドレークに関する民俗が、近東、アラブ世界を通じて中国にまで伝播したことを最初に論証したとその先駆的研究を高く評価した。 『永遠回帰の神話』では、民族学者岡正雄の論文『古日本の文化層』を間接的ではあるが参照し、日本の男性秘密結社、来訪者、新年の儀礼につき論じ、特に「タマ」等の日本人の霊魂観に強い関心を示しているが、岡論文の論拠の一つとなった柳田國男や折口信夫の業績には直接触れておらず、その研究は時代的制約を蒙っていたものと思われる。