著者
阿部 奈南 Nana Abe
出版者
関西外国語大学・関西外国語大学短期大学部
雑誌
関西外国語大学研究論集 (ISSN:03881067)
巻号頁・発行日
no.107, pp.139-154, 2018-03

椋鳩十は、お国に命を捧げることを賛美する時代に、動物の生き抜く姿を通して人間の愛やいのちを描こうとした。昭和16(1941)年に発表された「嵐を越えて」は、燕の過酷な渡りをテーマとする作品であるが、椋が戦時下で『少年倶樂部』に発表した動物文学十五作品の中で唯一、軍艦や水兵、出征軍人の旗が登場する。しかし、戦意高揚とは程遠い作品になっている。椋は、小説家としてデビューしたもののその作品が問題視され、出版物が伏せ字だらけになるという挫折を味わった。その彼が、戦時下の言論統制のもと、自分自身が書きたいことを模索した結果たどりついたのが子ども向けの動物文学であった。本稿では、この作品の構成や表現、特に母の「靜かな聲」について分析し、ほかの書き手の表現とも比較しながら、椋鳩十が作家として「動物の生き抜く姿を通して人間の愛やいのちを描く」姿勢をどのように貫いたのかを論じ、作品を再評価する。