著者
渡邊 太 Watanabe Futoshi ワタナベ フトシ
出版者
大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.21, pp.225-241, 2000

一九七〇年代から発展したカルト宗教は、外部社会とのあいだに高い緊張を生じた。とりわけ、信者の家族がカルトと激しく対立する。何人かの心理学者や精神科医は、洗脳やマインド・コントロールによって若者を騙して入信させているとしてカルトを批判する。子どもをカルトに奪われた家族は、騙されている子どもを助け出してやらなければならないと考える。カルト信者の救出には、ディプログラミングや救出カウンセリングといった方法がもちいられる。元信者たちは、脱会後に様ざまな心理的苦悩やコミュニケーションの困難に直面する。脱会者の苦悩は、自己の存在の根本的な安定性が失われることによる。本稿は、統一教会信者の救出活動を事例として、このポスト・カルト問題と救出カウンセリングのコミュニケーション・パターンとの関連をあきらかにする。救出カウンセリングでは、R ・D ・レインが指摘するような、人を「安住しえない境地」に置くコミュニケーション・パターンが繰り返される。その結果、脱会者は自己のアイデンティティについての確かな感覚を得ることができなくなるのである。カルト信者を救出する方法は、初期の強制的なやり方から、家族の愛による救出を強調する、より穏やかな方法へと移行してきた。だが、家族の密接な結びつきは、人を「安住しえない境地」に置くコミュニケーションを生み出しやすい。そのことが、ポスト・カルト問題の解決を困難にしている。