著者
エティエンヌ バンブネ 小林 卓也
出版者
大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.49-64, 2010 (Released:2010-00-00)

訳 : 小林, 卓也 エティエンヌ, バンブネ(ジャン・ムーラン・リヨン第3大学)
著者
有田 亘 Arita Wataru アリタ ワタル
出版者
大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.20, pp.377-389, 1999

「対位法」という用語は今日、メディア論の分野ではよく知られたものになっている。卓抜した対位法の実践例として知られるピアニスト、グレン・グールドの演奏─だけにはとどまらない活動の全般─が、彼の傾倒していたマーシャル・マクルーハンのメディア論に結びつけて取り上げられてきたのが、その大きな理由の一つであろう。また、特に最近のカルチュラル・スタディーズの隆盛とともに、並列性、複数性、相補性などを重視するべく、「対位法的=ポリフォニック」な観点が注目されるようになってきてもいる。ただその一方で、「対位法」は頻繁に引き合いに出される音楽的比喩の域をいまだ出ていないようにも思われる。そこでこの試論では、その語をメディア論的概念として位置づける可能性を探ってみたい。第1節では、ジャンバッティスタ・ヴィーコの修辞学の内に「媒介」作用に関する先駆的議論がなされていることを確認する。第2節では、マーシャル・マクルーハンにおけるヴィーコ受容と、その際用いられた「対位法」という語のメディア論的含意について検討する。第3節では、エドワード・サイードの反復に関する議論を手がかりに、対位法の媒介的性格について論じる。第4節では、グレン・グールドを例に取り上げ、対位法をメディア論的な観点に適用する。The term of "counterpoint"has been well-known in the field of media studies today. It is probably one of the major reasons that Glenn Gould, an expert pianist noted for his contrapuntal performances, has been connected with Marshall McLuhan's media sutudy devoted himself. And besides, with the recent prosperity of cultural studies,the "contrapuntal"standpoint is getting much attention, for its emphasis on parallelism , plurality,complementality etc. But, on the other hand, "counterpoint" hasn't risen higher than the musical-figurative level yet, I think. So, this essay attempts to prove into the possibilities of the term as the concept of media studies. Part 1 confirms that the rhetoric of Giambattista Vico pioneeringly argued on the function of medium. Part 2 examines the Vico receptionin Marshall McLuhan, and the implications of the word counterpoint , from the viewpoint of media studies. Part 3 argues the nature of counterpoint as media, based on Edward Said's argument about repetition. Part 4 applys counterpoint to the viewpoint of media studies, making Glenn Gould as an example.