著者
山本 文子 Yamamoto Ayako ヤマモト アヤコ
出版者
大阪大学人間科学部社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.30, pp.119-135, 2009

ビルマにはナッと呼ばれる精霊や神に対する信仰があるとされている。しかし、実際のビルマの人びとの多くは、ナッの実在に対しているかいないかわからないと考えたり(不確定性)、存在しないと考えたりしている(非実在性)。本論文では、ナッの実在に対して不確定、あるいは非実在の立場をとる語りをもとに、従来のナッ信仰の人類学的研究(スパイロの心理学的アプローチ、ナッシュの社会的機能によるアプローチ、田村の象徴論的アプローチ)が想定してきたナッ信仰と、実際のビルマにおけるナッの実在に対する多くの人びとの否定的認識には隔たりがあることを指摘する。この隔たりは、他者の信念の記述可能性を論じた浜本によるコミュニケーション空間という概念から説明できる。浜本によれば、人類学者が他者の慣行Sについて「彼らはSを信じている」と記述するとき、その話者のコミュニケーション空間において、Sが真とみなされないと想定していることを意味する。反対に他者の慣行Pが話者のコミュニケーション空間において真とみなされるとき「彼らはPを知っている」と記述される。精霊の実在の不確定性や非実在性は、「彼らは~を信じている」とは表わされてこなかった、つまり、精霊の実在を信じる人だけが問題化され、そうでない人(精霊の実在を不安定、非実在とする人)が問題化されなかったのは、「信じる」という語に込められていた人類学者の側の認識によると説明できる。