著者
堀舘 秀一 清水 由朗 Hidekazu HORITATE Yoshiro SHIMIZU
出版者
創価大学教育学部・教職大学院
雑誌
教育学論集 (ISSN:03855031)
巻号頁・発行日
no.73, pp.207-216, 2021-03-31

( 1 )図工科教育におけるICT活用とデジタルメディア表現 文部科学省では各教科におけるICTを活用した授業実践を様々な形で推奨しており(文部科学省 2020)、我が国の教育政策として各学校への普及は必然となった。ICT活用と聞いて誤解しやすいのは、教員が情報機器の操作をこなす義務ととらえがちであることである。しかし、デジタルであれ、アナログであれ、ICTの考え方に基づいていることが重要であり、学びの本質に向かうための仕組みのひとつとして捉えるべきと考える。 現在、小学生から大学生に至る世代は、すでにデジタルの仮想空間に慣れ親しんできた世代であるといえる。この世代は、一概には言えないが、自然材や人工材など、図工・美術表現の材料に直接働きかけて、つくり、つくりかえるという体験の不足が推察される。小学校における図画工作科、保育における造形表現という美術関連の学びの領域で考える場合、この世代の弱点として「つくる」体験の不足があるのではないだろうか。一方、これまで自然材や人工材などの材料による表現を指導、研究の対象としてきた教員、研究者は、デジタルメディアによる表現の方法・内容に対して、相応の研究力・指導力が求められることになるであろう。 その意味で教員養成大学における図画工作科の教育法等の授業においては、手づくりによる表現と、デジタル技術を活用した表現・鑑賞を組み合わせた授業実践を試みることにより、教員、学生双方が、新しい表現方法に挑戦していくという学びの意義が創出されると考える。 そもそも美術には表現ジャンルとして、「メディア・アート」が存在する。1960年代から韓国生まれの現代アート作家、ナム・ジュン・パイクがビデオ・アートの流行の先駆となり、そのアシスタントとしてスタートした、ビル・ヴィオラが1995年の第46回ヴェネツィア・ビエンナーレのアメリカ代表に選出されるなど、大きな話題となったが、現在ではメディア・アートの分野で活躍するアーティストは多数に上り、プロジェクションマッピングを含めると、誰でもその表現者になることができ、標準的な表現の一分野となっている。東京藝術大学大学院映像研究科教授の布山タルトは、メディア・アートの特徴として、メディアに対する「メタ認知」と「領域横断性」の二つに集約されると述べている。この特徴をICT活用の図画工作科の授業に生かした場合、より主体的・対話的で深い学びへとつなげることが可能になるであろう。( 2 )コマ撮りアニメーション制作のためのKOMA KOMA デジタル表現に慣れ親しんでいるか否か、また機器の操作の得手、不得手にかかわらず、新しい表現方法に挑戦していくという学びの意義を考慮したとき、活用できるツールとして、KOMA KOMA(KOMA KOMA LAB)(図1 )というアニメーション制作のためのアプリケーションが適していると考えた。KOMA KOMAは撮影後すぐにその画像を確認可能で、振り返り学習が容易な設計となっている。撮影した画像はトレーシングペーパ-を重ねたような透過するイメージでその形状が残像化されるので次の撮影位置を決めやすい。また、サムネイルとして画像を随時仮保存できるため、過去の作品や現在制作中の作品を比較して新たな気づきを得ることができる。 図画工作科においては、実際に自分の手や体全体の感覚を総動員させて表現に向かわせたい、というのが授業を担当する大学教員の願いであるが、加えてICTを表現・鑑賞のためのツールとして活用する場合、この仕組みを指導者自身が使いこなせるかどうかが課題となる。道具に指導者が「使われている」状況の中では、学生一人ひとりが自分なりの想像を広げ、つくり、つくりかえる試行錯誤の中で新たな発想や構想を脹らませるという学びの本質を見失うことも考えられる。 その点、KOMA KOMAは、シンプルかつ扱いやすい設計であり、デジタル機器に慣れていない人でも表現ツールとして活用できる可能性が高い。 図画工作科のICT活用については、『教育の情報化に関する手引』(文部科学省2020)において、①感じたことや想像したことなどを造形的に表す場面、②作品などからそのよさや美しさを感じ取ったり考えたりし、自分の見方や感じ方を深める場面、での活用を例示している。KOMA KOMAはこの点からも、効果的な表現ツールであるといえるだろう。( 3 )授業実践の先行事例 2020年9 月5 日に開催された判断力科研第7 回研究会において、2020年4 〜 8 月に実施されたプロジェクト活動の経過報告と、山梨学院小学校全児童による作品発表が行われた。その中で、松嶋・川瀨・ケネス(2020)は、この連続授業の試みにおいて、制作した街を舞台にKOMA KOMAを使用したキャラクターが動くアニメーションを、子どもたちがチームになって撮影し、動画作品として制作したことを発表している。また、KOMA KOMAの利点として、同一の画面で、撮影と再生が可能であること、そのため、何度でもやり直して質を高められること、手仕事とデジタルを融合できることを述べている。 その後、松嶋は、2020年10月~11月に同小学校にて、クレイアニメーション(粘土を用いた動画づくり)のプロジェクト活動として、下記のような取り組みを行っている。 <対象学年/クラス> 1 ~ 6 年生5 名の3 チーム、合計15名 前半:時数22時間、計画・キャラクターづくり・セットづくり 後半:時数22時間、KOMAKOMAによる撮影 なお、効果音はインターネット上のフリー素材を活用し、セリフはICレコーダーで録音し、最後に編集し加えている。この取り組みにより完成した作品は、「宇宙探検 宇宙飛行士VS隕石」( 1 分36秒)、「恐竜時代 草食VS肉食」( 2 分38秒)、「日本昔話 村人VS巨人」( 1 分43秒)の短編3 作品となっている。いずれも子どもたちが、粘土を主な材料として、段ボールや石、木片、アクリル絵の具を用いた手仕事により、各チーム内での話し合いを通して制作する時間が全体の半分を占め、残りの半分を撮影・編集時間にあてており、バランスの取れた授業設計であるといえる。