- 著者
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蘇 雲山
河合 明宣
Yunshan Su
Akinobu Kawai
- 雑誌
- 放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
- 巻号頁・発行日
- vol.33, pp.45-67, 2016-03-25
1981年5月23日、中国西北地方秦嶺山脈南側に位置する洋県で絶滅寸前の野生トキ7羽が発見されてから早くも34年が過ぎ去った。この間、行政が主導し地域住民が参加した保護体制を構築して生息域内保全(in situ conservation)と生息域外保全(ex situ conservation)を同時に進めてきた。その結果、野生トキ個体群が当時の7羽から1,000羽の大台を突破した。それに伴い、トキが原生息地1の洋県から分散し生息域が周辺へ広がった。 一方、1989年、北京動物園が世界で初めてトキ人工ふ化を成功させた。その繁殖技術の普及により、分散飼育範囲の拡大を通して人工個体群が増え、かつてのトキ分布域での再導入も可能となった。2007年以降再導入計画が佐渡及び中国の寧陝、董寨、銅川、千陽、徳清などで進められてきた。再導入地での放鳥個体が自然下で繁殖に成功し、佐渡と寧陝では既に三世代が生まれている。このようにトキ絶滅危機が一段と緩和され、トキ種の保存は新しい局面を迎えている。 現在、中国のトキ分布地域、特に原生息地の洋県では社会、経済、自然等の環境に大きな変化が生じている。その背景は近年の急速な経済成長である。経済発展に伴い、地域の社会・経済・自然環境の変化が加速した。トキ再導入事業地域にファンダーペアや飼育繁殖技術を提供する役割を担う「原生息地周辺地域」(洋県及び周辺諸県)においても、交通・通信事情が改善され、地域の農業経済に構造的な変化が起こり、住民の価値観が変わりつつある。このような状況下でいかにして、一連のトキ再導入地を支える原生息地の自然環境とトキ文化を守り続け、次の世代に引き渡すかという大きな課題は、緊急性を帯びてきている。 本稿は、以上の問題意識をもって洋県を中心としたトキ原生息地におけるこれまで34年間の保全活動を振り返って、この間の自然・社会環境変化からトキ保全にもたらされた影響を考察し、トキ原生息地の生態的文化的価値を再認識し、近年各地で行われているトキ再導入の現状を把握した上で、順応的管理の観点から原生息地と再導入地の共通の課題を明らかにする。