著者
北川 由紀彦 KITAGAWA Yukihiko
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.41-53, 2013-03-21

本稿では、東京(区部)における2つの〈ホームレス対策〉――(更生施設・宿所提供施設・宿泊所からなる)「厚生関係施設」と「路上生活者対策/ホームレス対策」――の1990年代中盤から2011年までの展開過程について行政資料を手がかりに整理・記述を行った。その結果、以下の諸点が明らかになった。 まず、「厚生関係施設」については、その定員の慢性的な不足と支援ニーズの増加が認識されてきており、施設種別の転換、施設での支援の効率化、施設退所後のアフターフォローの充実といった対応がとられてきている。「路上生活者対策/ホームレス対策」については、「就労自立」が基本的な目標に据えられながら、応急的な支援から長期的な支援へ、という方向で展開がなされてきた。また、その具体的な展開としては「自立支援センター」と「緊急一時保護センター」から成る「自立支援システム」の体系化、借り上げアパートを組み込んだ「地域生活移行支援事業」の実施、その「成果」をふまえての「新型自立支援センター」と「自立支援住宅」等による「自立支援システムの再構築」がなされてきている。 最後に若干の考察として、「厚生関係施設」の不足を補う形で始まった「路上生活者対策/ホームレス対策」が、その展開の結果として「厚生関係施設」のさらなる需要を掘り起こしてきたこと、いずれの対策も施設退所後のアフターフォローにその重心を移動しつつあることが述べられる。
著者
石丸 昌彦 Masahiko Ishimaru
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.1-23, 2010-03-23

統合失調症は1%近い発症危険率をもち、世界的に広く認められる代表的な精神疾患である。思春期・青年期に好発し、多彩な精神症状を呈しつつ再燃を繰り返しながら慢性的に経過するもので、クレペリン以来、進行性かつ予後不良の疾患とされてきた。かつて統合失調症には有効な治療法が存在しなかったが、1952年に最初の抗精神病薬であるクロルプロマジンが開発されて以来、薬物療法が長足の進歩を遂げた。その結果、予後は劇的に改善され、既に重症疾患ではなくなったとの認識があるが、わが国では精神科入院者数の60%以上を依然として統合失調症の患者が占めており、その中には少なからぬ社会的入院者が含まれている。 統合失調症の発症機序に関しては、抗精神病薬の作用機序や覚醒剤精神病の知見などにもとづいて、ドーパミン神経伝達の過活動を想定するドーパミン仮説が有力視されてきたが、陰性症状や慢性化した陽性症状には抗精神病薬の効果が乏しいことなどから、同仮説の限界も指摘されている。ドーパミン仮説を補完しより包括的な疾患理解と治療方略を指向するものとして、統合失調症脳内におけるグルタミン酸神経伝達の低活動を想定するグルタミン酸仮説が挙げられる。本稿ではグルタミン酸仮説の根拠を紹介するとともに、統合失調症死後脳におけるグルタミン酸受容体研究の成果を紹介するとともに、その課題と将来性について論じた。また、死後脳研究におけるグルタミン酸受容体増加所見の分布を踏まえ、前頭連合野と頭頂連合野の変調が統合失調症の症状形成に関与することを推定し、「統合失調症の連合野仮説」の可能性について検討した。解決すべき課題は多く残されているものの、今後の研究の方向を決定するうえで「連合野仮説」は有益な示唆を含むものと考えられる。
著者
坂井 素思 Motoshi Sakai
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.25, pp.33-40, 2008-03-20

この小論では、なぜ日本にコーヒー浸透という現象が起こったのか、あるいは日本人はなぜコーヒーを好きになったのかというテーマを考えてみたい。幕末の開港とともに、日本の税関はそれぞれの港で貿易統計を取るようになった。このため、外国との取引貿易品、なかでもとりわけ農産物は全て記録されることになった。明治の初めから、日本がどれだけのコーヒーの生豆を輸入したのかがほぼ完全に把握できることになる。これで見ると、1920年代から1930年代にかけて輸入量が累積的に多くなるという現象が観察される。この小論では、なぜコーヒーが浸透したのか、という点をめぐって、1920年代から始まるコーヒーブームに焦点を当てて、その理由を考えた。以上の結果、喫茶店によるネットワーク型消費の展開、世界のコーヒー市場の影響、都市化と覚醒文化の進展、などが社会経済要因として挙げられるという結論が得られた。
著者
戸ヶ里 泰典 米倉 佑貴 井出 訓 Taisuke Togari Yuki Yonekura Satoshi Ide
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.33, pp.11-25, 2015

保健・看護系の大学院生が、効率的に必要十分な統計学的知識の定着をはかり、データ解析ができるための学習支援のプログラムの開発に向けて、本学の保健・看護系修士課程大学院生における、①統計解析の学習に関する意向とニーズを明らかにすること、②統計解析スキル向上に向けた演習を構築しその評価をすること、③良く質問され、かつ研究遂行上重要なQ&Aを探索し整備すること、の3点を目的とした。 目的①に対しては一定の統計解析を行って修士論文を作成した本学保健・看護系大学院生・卒業生13名を対象とした自記式質問紙ないし構造化面接調査を実施した。また、目的②に対しては極力わかりやすい解説の元、論文の結果表を読み取り、自身の研究データ解析に活用できる授業の構築、ならびに、参加者が自分の研究データを扱っている感覚でデモデータを分析する演習の構築を行い、終了後に感想を聞くとともに、目的①の質問紙調査において感想を聞いた。目的③については、新たに専用の統計相談窓口を設置し、統計解析に関する相談を受け付けることを通じて、どのような質問が寄せられるかを整理した。 修士論文作成に使用した統計解析ソフトウエアはR/Rコマンダーが6名、SPSSが5名、Excel統計が4名であった。統計解析方法については、教員からの指導に依存し、補足的に自学自習をしているスタイルであった。事例が豊富な教材を期待する声が大きかった。講義、演習については、概ね良好に受け入れられたが、回数が限られており分量が多く、スピードが速いといった指摘が見られた。統計相談の内容の傾向としては、量的変数として扱ってよい場合とそうでない場合、必要なサンプルサイズについて多く寄せられていた。 統計解析に関する知識を概観し、自己学習のきっかけをつくるうえでの講義授業は重要であることが伺われた。同様に自主演習をすすめるきっかけとしての演習授業も重要であることが伺われた。
著者
井口 篤 Atsushi Iguchi
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.63-69, 2011-03-22

本稿は、西洋中世が現代日本の大衆文化においてどのように表象されているかについて考察する。はじめに、西洋中世に端を発するイメージが今日の世界においても繰り返し現れることに言及する。これは一般的に「中世主義」と呼ばれる文化現象であり、この現象においては、これまでに様々な形のナショナリスト的、宗教的、そして学問的イデオロギーが互いに争うように「ヨーロッパ」という概念を我がものとしようとしてきた。しかし日本はヨーロッパと地政学的に隔絶しており、現在の領土を正当化するために中世ヨーロッパという概念を喚起することはない。にもかかわらず、中世西洋のイメージは戦後日本の大衆文化において頻繁に利用されてきた。本稿は、11世紀の北欧を描く幸村誠の連載漫画『ヴィンランド・サガ』を分析することにより、日本の大衆文化における中世ヨーロッパの我有化は、現実逃避的とは到底言えないことを示す。作者の幸村にとって、中世ヨーロッパの日本人にとっての他者性はまったく障害ではない。幸村は亡命と帰郷という重要なテーマを作品の中で技巧的に展開することに成功している。この亡命と帰郷というテーマは、人間の一生が神への帰郷であると捉えられていた中世ヨーロッパにおいても重要であった。幸村の作品は一見中世ヨーロッパの社会を忠実に再現しようと試みているだけに見えるが、暴力、信仰の危機、仮借なき搾取に溢れる社会を読者に提供している。
著者
青山 昌文 Masafumi Aoyama
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.109-115, 2010-03-23

ブリヤ=サヴァランの『味覚の生理学』は、その実証主義的なタイトルにも拘わらず、実在論的で古典的な深い哲学的立場に立った美味学の書物である。 我々の研究において論じられるのは、以下の主題である。 1 宇宙と生命 2 食とエスプリ 3 食と国民 4 社会階層と人の本質 5 食欲と快楽 6 グルマンディーズと判断力 7 食卓の快楽 8 食卓と退屈 9 創造としての発見 彼は、近代主観主義的な人間中心主義を超えており、料理芸術における創造の問題についても、古典的立場に立ったミーメーシス美学を展開しているのである。
著者
森 津太子 Tsutako Mori
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.47-54, 2009-03-19

社会的判断や認知的判断を予測するモデルの多くは、判断時に想起する情報の内容のみに注目している。そのため、情報想起に伴って経験される主観的な経験がそれ自体で重要な情報源となっていることが見過ごされている。ここでいう主観的経験には、「検索容易性」「舌端現象」「親近感」「既知感」「知覚的流暢性」などが含まれる。このうち、情報再生時の容易さや困難さを表す「検索容易性/困難性」は、ここ20年程の間、特に社会的認知の領域で中もされてきた。本論文は、この検索容易性に焦点をあて、社会的判断や認知的判断においてこの経験がどのような役割を果たすかをレビューした。さらに、最後のセクションでは、他の認知的な主観的経験や感情的経験との統合の可能性について議論した。
著者
野澤 秀樹 Hideki Nozawa
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.127-142, 2009-03-19

柳田國男は、周知のように日本民俗学の創設者であり、日本近代の学問形成に大きな影響力を及ぼしたひとである。小田内通敏は、日本の近代人文地理学の成立に大きく貢献したひとりである。小田内は、人文地理学の確立をもとめて柳田農政学の門をたたいた。かれが師と仰ぐ新渡戸稲造と柳田によって創設された「郷土会」は、「土地と人の結びつき」から郷土、地方の形態・基盤の研究を行っていた。郷土会の活動を通して柳田は民俗学の、そして小田内は人文地理学の確立を目指したのである。柳田はやがて郷土会のあり方に不満を持ち、「郷土研究」をより総合的な学問に位置づけ、その「総論」として民間伝承論・民俗学の確立を目指した。それは郷土(村)の生活を生活の外形、生活の解説、生活の意識などの三つの資料から総合的に捉えようとするものであった。柳田は、各郷土、地方の調査研究から得られえたこれらの結果を比較総合することによって日本の民族に固有の思想と信仰と感情を明らかにすることを最終目標としたのである。郷土研究はそのための「手段」と位置づけられた。したがって柳田においては、郷土の個性を追求することではなく、それらを貫く、一般性、共通性を追求する科学研究が目指されていた。一方小田内は、郷土、地域の特性、個性を追求することをかれの学問―人文地理学の目標においていた。彼らの方法に基づいて行われた研究が、柳田民俗学を結集した日本の山村・海村生活の調査・研究であり、また小田内指導下の文部省郷土教育の綜合郷土研究であった。前者では村をひとつの有機体として捉えていない点に、後者では郷土の綜合、個性を捉えていない点に問題があった。いずれにしても二人の「郷土研究」の方法の違いはかれらの学問観・科学観の違いによるものであった。
著者
黒須 正明 Masaaki Kurosu
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.97-107, 2016-03-25

人工物は様々な形で進化してきたし、今後も進化すると考えられるが、その過程において重要なのは意味性、すなわち、当該人工物が目標達成にとって有意味であるかどうかという基準である。その有意味性を確立する上で、客観的品質特性と主観的品質特性の双方が重要な役割を果たすが、特に主観的品質特性において審美性は重要な要素といえる。本論では後半、審美性という品質特性に焦点をあて、人工物のなかでも食具、さらには箸の取り扱い方に注目し、その進化のプロセスにおける審美性の在り方について論じた。
著者
蘇 雲山 河合 明宣 奥宮 清人 Tetsuya Inamura Yumi Kimura Kiyohito Okumiya
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.33, pp.45-67, 2015

高所では一般に、エネルギー摂取量が低い一方、運動量が多いため、糖尿病や高血圧などの生活習慣病はもともと少ないと考えられてきた。しかし、生活スタイルの変化によって、近年、急激に生活習慣病が顕在化してきた。そこで、本研究では、インド・ラダーク地方に焦点を絞り、文化人類学と栄養学と医学の共同により、高所環境に対する人間の医学生理的適応と生態・文化的適応を明らかにし、そして、近年の変化によって適応のバランスがどのように崩れ、それが高所住民にどのような影響を及ぼしているかを明らかにすることを主な目的とした。 本稿では、まず、ラダークの都市レー(標高3600m)の概要、チャンタン高原(標高4200-4900m)の遊牧民とドムカル谷(標高3000-3800m)の農民・農牧民の伝統的生活とその変化、及びその背景について論じる。つぎに、それぞれの地域で実施した健診調査のうち、栄養学調査の結果、および分析について論じる。 チャンタン高原の人びとは、以前はヤクとヤギ・ヒツジの遊牧と交易によって生計を立ててきた。遊牧については、基本的に固有のシステムが継承されている。一方、かつて行われていた、北のチベット、西のザンスカル等との長距離のキャラバン交易は、消滅した。 ドムカル谷では、農耕とともに、ヤク、ゾモ(ウシとヤクの交雑種)、ゾー(ゾモの雄)、バラン(在来ウシ)などの移牧が行われてきた。ドムカルにおける農牧複合は、この地方の厳しい自然環境に適応した、独自の特徴を持っている。それは相互扶助などの社会システムによって支えられてきた。しかし、若者が軍関係の仕事につくため、村外に出ることが多くなり、家畜の飼養は急激に減少し、むらの生活も近代化して大きく変化してきた。その背景には、中国との国境紛争、舗装道路の開通、政府による食糧配給による援助、さらに、レーの都市の拡大・観光化や軍の需要などによる市場経済化などがある。 ラダークにおける食事調査により、高所環境という食料入手の困難な環境を反映した、質・量ともに乏しい栄養状態を明らかにした一方、レーやドムカルでは過栄養やこれに関わる生活習慣病も見過ごせない問題となっていることが明らかになった。さらに、栄養摂取と糖尿病との関連を分析すると、エネルギー摂取量の多い人だけではなく、少ない人にも糖尿病がみられた。エネルギー摂取量の少ない人では、食品摂取の多様性が少なく、炭水化物に偏った食事内容になっていることも要因の一つと考察できる。 現在の人々の食の嗜好からも食事の変化をみてとることができた。特に大麦から米・小麦への主食の転換は、元来の高所住民の伝統的な食生活の中心を大きく変えるものであり、生活習慣病の増加の一因となることが懸念される。伝統的な食生活を見直すこと加え、野菜などの摂取頻度の少ない食品群の補強がうまく行われること、さらに健康に関する知識の向上が今後ますます重要になると考えられる。
著者
島内 裕子
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
no.33, pp.158-145, 2015

本稿では、近世に出版された徒然草の注釈書の中から、『徒然草吟和抄』(1690年刊)に焦点を当て、その注釈態度を考察する。 本稿が『徒然草吟和抄』に注目するのは、十数種類の注釈書の注釈内容を集約した『徒然草諸抄大成』(1688年)が成立した以後の注釈書であること、および、挿絵付きの注釈書であることの二点から見て、徒然草の注釈書の中で、独自の位置を占めると考えるからである。 この二点に着目して、『徒然草吟和抄』の注釈態度を考察することで、「諸抄大成以後」における徒然草注釈書の可能性を見極めたい。さらには、『徒然草諸抄大成』に集成された注釈書の中から、どの注釈書が、『徒然草吟和抄』において、参照・摂取されている頻度が高いかが明らかになれば、徒然草注釈書の中で、後世に残ってゆく注釈書の特徴も明確になるであろう。 『徒然草吟和抄』は、これまで徒然草注釈書の中で、あまり注目されてこなかったように思われる。それだけに、近世における徒然草注釈の全体像を概観するための、一つの具体例として、貴重な存在であると思う。
著者
島内 裕子 SHIMAUTI Yuko
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.122-110, 2013-03-21

北村季吟(一六二四〜一七〇五)は、生涯に二つの徒然草に関する注釈書を著した。四十四歳の時に刊行した『徒然草文段抄』(一六六七年)は、その後、広く流布した。これは徒然草に関して書かれた膨大な注釈書群の中でも、定番的な地位にあり、近代以後にあっては、欧米の日本学者たちが徒然草を外国語に翻訳する際にも、参照されている。一方、季吟が八十一歳の時に、五代将軍・徳川綱吉に献上した『徒然草拾穂抄』(一七〇四年)は、『徒然草文段抄』の詳細な注釈を、わかりやすく簡略化して、そのエッセンスをすっきりとまとめている。 本稿では、まず、近世前期の徒然草注釈書の中に、『徒然草文段抄』の特徴と個性を明確化する。そのうえで、北村季吟が晩年に到達した徒然草観、ひいては、古典の注釈書のあり方の一端を、『徒然草拾穂抄』の注釈態度の中から見出すことを試みた。 なお、各種の徒然草注釈書における注釈内容を具体的に比較するにあたって、本稿ではひとまず、徒然草の第二十段までを対象とする。その際に、諸注釈書が指摘する徒然草と和歌・物語との関わりに絞って考察した。
著者
井口 篤 Atsushi Iguchi
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of the Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.63-69, 2011-03-22

本稿は、西洋中世が現代日本の大衆文化においてどのように表象されているかについて考察する。はじめに、西洋中世に端を発するイメージが今日の世界においても繰り返し現れることに言及する。これは一般的に「中世主義」と呼ばれる文化現象であり、この現象においては、これまでに様々な形のナショナリスト的、宗教的、そして学問的イデオロギーが互いに争うように「ヨーロッパ」という概念を我がものとしようとしてきた。しかし日本はヨーロッパと地政学的に隔絶しており、現在の領土を正当化するために中世ヨーロッパという概念を喚起することはない。にもかかわらず、中世西洋のイメージは戦後日本の大衆文化において頻繁に利用されてきた。本稿は、11世紀の北欧を描く幸村誠の連載漫画『ヴィンランド・サガ』を分析することにより、日本の大衆文化における中世ヨーロッパの我有化は、現実逃避的とは到底言えないことを示す。作者の幸村にとって、中世ヨーロッパの日本人にとっての他者性はまったく障害ではない。幸村は亡命と帰郷という重要なテーマを作品の中で技巧的に展開することに成功している。この亡命と帰郷というテーマは、人間の一生が神への帰郷であると捉えられていた中世ヨーロッパにおいても重要であった。幸村の作品は一見中世ヨーロッパの社会を忠実に再現しようと試みているだけに見えるが、暴力、信仰の危機、仮借なき搾取に溢れる社会を読者に提供している。
著者
石井 祥子 奈良 由美子 鈴木 康弘 稲村 哲也 バトトルガ スヘー ナラマンダハ ビャンバジャブ Shoko ISHII Yumiko NARA Yasuhiro SUZUKI Tetsuya INAMURA Sukhee BATTULGA Byambajav NARMANDAHK
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.19-33, 2023-03-25

筆者らは、2017年10月から、JICA草の根技術協力事業(パートナー型)「モンゴル・ホブド県における地球環境変動に伴う大規模自然災害への防災啓発プロジェクト」を実施してきた。当初計画では、2022年9月までの5年間を予定していたが、COVID-19感染症流行のため、それ以後は現地での実践活動が継続不可能となった。幸い、これまでの成果と今後の活動の可能性が認められ、約1年半をめどにプロジェクト延長が承認された。そこで、筆者らは、2022年8-10月にウランバートル市とホブド市を訪問し、約2年半ぶりに本格的に活動を再開することができた。 本稿では、感染症流行により活動が制限された状況下における持続的な取り組みと、渡航が再開された2022年後半の活動をまとめる。主な内容は、防災カルタ大会の開催、市民を主体とする防災ワークショップの開催、そして映像コンテンツの制作と評価・活用についてである。