言及状況

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結論から言えば、『東条英機が天皇の意向を汲んで戦争しない派だった』というのは、「間違い」です。 東条英機の東京裁判での宣誓供述書が国立国会図書館のデジタルコレクションで見られます。(↓) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1042032 その中の東条内閣成立時についての説明の一部から引用します。 ~~~ 間もなく木戸内大 ...

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東條が自決を図ったのは1945年9月11日、東京裁判が始まったのは1946年5月3日です。また、撃った部位は腹ではなく胸ですし、裁判においては自らの責任回避ではなく国家弁護に終始したことが供述書などより読み取れます。… https://t.co/HFP2bdaviJ
@Normad1945 ちょっと今手元にワック版の『大東亜戦争の真実 東条英機宣誓供述書』はないのですが、東條の宣誓供述書そのものは国会図書館のデジタル化資料にあります。この中に当該文章は存在しますでしょうか。 https://t.co/ZBwDyHntqR
「…敗戦の責任については当時の総理大臣たりし私の責任であります。この意味に於ける責任は私は之を受諾するのみならず真心より進んで之を負荷せんことを希望するものであります」(『東條英機宣誓供述書』洋洋社、昭和23年、171頁)… https://t.co/By8szizVVo
・東條が撃ったのは腹ではなく胸。 ・「東京裁判で命乞い」は典拠不明。東條は東京裁判に提出した宣誓供述書を「敗戦の責任について・・・私は・・・真心より進んで之を負荷せんことを希望するものであります」と結んでいる。 https://t.co/ZBwDyHntqR
(東京裁判研究会編『東條英機宣誓供述書』洋洋社、1948年、171頁) https://t.co/ZBwDyHntqR
東条英機宣誓供述書は国立国会図書館で電子アーカイブとして公開されています。 https://t.co/jhvohCL4RU
@Ayukawa_Reiji 一方で「敗戦の責任については当時の総理大臣たりし私の責任」とし、「この意味に於ける責任は私は之を受諾するのみならず真心より進んで之を負荷せんことを希望するものであります」と述べている(参考:http://t.co/etrlcqICjE)。

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