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当時の電車の解説本「電氣鉄道」の台車に関するページには、ブリル21Eとペックハムの違いが述べられている。ペックハムのような構造は安くて修理はしやすいがへたり易く保守が甚だ面倒らしい。両者の現存する数を見ても納得いくところ。 https://t.co/gfm3u3siCr
1955年6月19日は井上昱太郎(鉄道省電気局長1924~27年)の命日です。享年77 1878年10月19日愛知県御油生まれ。横浜⇔国府津の電化(1925年12月完成)等大正期の国鉄線電化を指揮した。画像は東海道線東京近郊電化写真帖からhttps://t.co/S2gQExSwCZ… 著書は"電氣鐵道"https://t.co/tqvNvBuTXeが読める。 https://t.co/TXXMdAhbG9
市来崎の後任の井上の主著「電気鉄道」は面白いので暇なら読んでみて。https://t.co/O2mvQ3G7yl
いのうえいくたろう 氏の素晴らしい著書がネット公開されています。https://t.co/tqvNvBcKJ6 https://t.co/kb2k0gEgHD
10月19日は井上昱(いく)太郎の誕生日(1878年愛知県御油生まれ1955年6月19日死去享年77)鉄道省電気局長を1924年から3年間務め横浜⇔国府津の電化(1925年12月完成)等大正期の国鉄線電化を指揮 略歴は画像でサボる 著書『電氣鐵道』(電氣工學講習會刊 出版年月日不詳1917年?) https://t.co/tqvNvBcKJ6 https://t.co/81atV3OZGU
忘備録 井上昱(いく)太郎著 電氣工學講習會刊『電氣鐵道』(出版年月日不詳1917年?) https://t.co/tqvNvBcKJ6 井上昱太郎(1878年10月19日愛知県御油生まれ1955年6月19日死去享年77)鉄道省電気局長を1924年から3年間務め横浜⇔国府津の電化(1925年12月完成)等大正期の国鉄線電化を指揮した。
1955年6月19日は井上昱太郎(鉄道省電気局長1924~27年)の命日です。享年77 1878年10月19日愛知県御油生まれ。横浜⇔国府津の電化(1925年12月完成)等大正期の国鉄線電化を指揮した。画像は東海道線東京近郊電化写真帖からhttps://t.co/S2gQEy9zEZ 著書は「電氣鐵道」https://t.co/tqvNvBcKJ6 が読める。 https://t.co/5f9aAITCci
井上昱太郎著 電氣工學講習會刊『電氣鐵道』(出版年月日不詳1917年?)は国立国会図書館デジタルコレクションでネット閲覧できます。なかなか興味深い本で時間泥棒です。https://t.co/pLKgRhE9hg 台車の部分名称は翻訳されてない。図内番号が振られてるが薄くて読めない。 https://t.co/Bfqp7YzruD
電氣鐵道 https://t.co/mFp5VfJ5DH ローラーパンタグラフの写真が!こういう "ちゃんと(電車に搭載されている姿でなく単体で)" 撮られたものは珍しいのでは。パンタグラフの歴史を綴った東洋電機技報第108号の記事にも「遠景」の写真しか載ってなかった
『電氣鐵道』に京浜線の鉄道院時代のものと思しきダイヤグラムが掲載されている。高島町が終着駅なので1914年から1915年の間であることは確かだろう https://t.co/xqzIXQ86qk 清々しいほどのパターンダイヤだ。
凸。oO(…電氣鐵道…井上昱太郎…http://t.co/5iwvSeRHQl…まだ読んでいませんが…目次だけ見てもとても詳しいです…第一編 總論の第二章 運轉用力學は物理の教科書にもなりそう…)

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