著者
雄山閣編輯局 編
出版者
雄山閣
巻号頁・発行日
vol.第37巻, 1933

言及状況

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別所薬師堂(焼け薬師)。 現在の建物はあまり仏堂っぽくないですね。 『新編相模国風土記稿』には「応福寺 中華山と号す、臨済宗〈曾我谷津村法輪寺末〉、本尊薬師〈行基作、長四尺八寸立像〉」と記されています。 https://t.co/YlB4Msft3W https://t.co/n8mQVwDf8y
曾我丘陵から別所に下る途中にあった山王社跡。 『新編相模国風土記稿』に「山王社 例祭六月十五日」と記されているのがこれだろうか? https://t.co/YlB4Msft3W https://t.co/34t6tb6ToU
伝曾我十郎・虎御前の「忍石」。 『新編相模国風土記稿』には「(山彦山の)山上に姥石姫石と唱る石あり」と記されていますが、その姥石に相当します(姫石は山麓の城前寺に移されたそうです)。 https://t.co/cPhS8xzN3w https://t.co/bsL1tkc5Ql
六本松跡。 『新編相模国風土記稿』には「(山彦山の)峯通を字して六本松と呼〈古へ松六株立りしよりの名なり、今一株を存す、囲一丈許〉」と記されていますが、現在は一本も残っていません。 https://t.co/cPhS8xzN3w https://t.co/4uBrjx6L7d
曾我祐信宝筐印塔。 『新編相模国風土記稿』には「曾我太郎祐信墓 曾我別所村界の山林中にあり」「墳所は方七間程の地にして、碑あり、其面に文字ありしなるべけれど、苔蘚生じて今読べからず」と記されています。 https://t.co/fjeZcrjC1z https://t.co/jE7qd8T00n
『新編相模国風土記稿』には「薬師堂 小沢明神の本地仏なり〈木座像、長三尺、恵心作〉、小沢山神宮寺の号あり、法輪寺持」と記されていますが、薬師堂(小沢山神宮寺)は現存しません(法輪寺に移されたそうです)。 https://t.co/CpS289fNJM https://t.co/QjDUxXVJnT
『新編相模国風土記稿』には「祭神三座、中央小沢明神〈木像、鎮座の年代を伝へず〉、左応神天皇〈幣束を置、曾我祐信、鶴岡八幡を勧請すと云)、右桓武天皇〈木像、北條氏小田原城鬼門擁護の為、平氏の太祖を勧請して、祈願所とせしと云〉」と記されています。 https://t.co/53vBEV9apH https://t.co/SCVf2uHjNG
『新編相模国風土記稿』の土肥鍛冶屋村の条には「○五郎社 鎌倉権五郎景政を祀る、大像を置、村の鎮守、例祭九月廿日、村民持、下同、○第六天社 元亀四年の棟札あり」とあります。 https://t.co/wf6LQ3okPN
駒形権現の石祠について、『新編相模国風土記稿』https://t.co/Ub9O0Alwuq: 「駒形権現 駒ヶ嶽にあり、石祠、当山の地主神なり、祭神国狭槌尊本地仏大日を置、聖占仙人の勧請する所なり、縁起曰、孝昭天皇盖代之始、聖占仙人排駒形権扉、而為神仙宮」 https://t.co/GoBc7WaYbr
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先日、二宮町の川匂神社に行って来ました。 『新編相模国風土記稿』https://t.co/m3pRjCnF1m: 二ノ宮明神社 往古は川匂神社と称す、是【延喜式】に載するところ、当国十三座の一なり、衣通姫命・大物忌命・級津彦命の三座を祀れりと云(神体は函中に納め秘物とす) https://t.co/Es97reMSgD
https://t.co/6vT4jLcy5l 山角町~(にこにこ)
https://t.co/KE8Yy2Ky1H 屋根の小田原葺の説明があったよ~ (とエアリプw伝わるといいなw)

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