4 1 0 0 OA 五畿内志

著者
並河永 著
出版者
日本古典全集刊行会
巻号頁・発行日
vol.上巻, 1930

言及状況

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>山崎の戦いによって、以後この名に変更したのでしょうか。 享保二十一<1736>年ころ成立の地誌でも、 下記のとおり「山崎山…俗呼(=)天王山(-)…」と記述されている様子から、 「天王山」呼称の普及度までは定かではありませんが、 当時でも俗称扱いの様子も伺えます。 ・『五畿内志.上巻/並河永著/日本古典全集刊行会/昭和4-5』 http://kindai.ndl. ...

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>山崎の戦いによって、以後この名に変更したのでしょうか。 享保二十一<1736>年ころ成立の地誌でも、 下記のとおり「山崎山…俗呼(=)天王山(-)…」と記述されている様子から、 「天王山」呼称の普及度までは定かではありませんが、 当時でも俗称扱いの様子も伺えます。 ・『五畿内志.上巻/並河永著/日本古典全集刊行会/昭和4-5』 http://kindai.ndl.g ...

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そしてさらに半世紀ほど遡った享保二十年(1735)発行の五畿内志山城志にある報恩院の項を見ると、境内にある不動明王磨崖仏の造立年まで紹介しているのに、本尊については何も触れていません。このころ今のご本尊が岩船寺になかったことは明ら… https://t.co/HtFPcKbcIt
ちなみに江戸時代の山城志では、岩船寺ではなく報恩院として紹介されています。http://t.co/t4MVWbV15u http://t.co/ikOiknQRJy

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