言及状況

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3/24 大阪での林さんと大江さんの会話。西南戦争中、政府から武器もらって蜂起しようぜ作戦が頓挫したあたり。 この大江氏って↓の大江氏?妻忠の解説だと木戸日記で大江さんが出てくるのは4/9のことらしいんですけど…… https://t.co/UmfWfMw4j2
@yaduki_bm あ、本当だ。日下義雄さんの談話で使節団入りした後会ったとありますね。 http://t.co/J6GPzuZIgX 記憶違いなのか、触れたくない過去なのか(斥候みたいなことしてるし)、妻木先生の早とちりか微妙な感じですねえ。
http://t.co/3dPp6IHfP7 ここの妻木先生の解説で「公の旧知である会津の武井完平が商估となつて訪問した。」ってあったから、木戸さんと会津の人が知り合いになりそうな機会っていうと、文久元年のあの辺の話かな、と思ったら当たりだった。 予想が当たると嬉しい。
http://t.co/7mDfLNyn47 大隈さん「公が吾輩を疑つて、自己を撃つたではないかと感じたこともある。それは私のみではない、博文なども疑はれたことがある」 撃たれるような覚えがあるんですね。。。>大隈さんと伊藤さん
http://t.co/PEpGUvmpQ7 今井太郎右衛門さんの談で、桂さんが新選組に捕まりかけて、なんやかんやで対州藩邸に逃げ込んだ後、大阪に下ったとこ読み返してたんですけど、桂さん、池田屋の直後は大阪下ってないですよねえ…?妻木先生は何で池田屋の後って思ったんだろう
http://t.co/YYBfTvp0mi すみ子さんの談話の次は松田夫人の談話なんですけど、 妻木先生、なんでわざわざ明治九年に木戸さんが思い出しムカツキした記事を参照してんですか……日記中の松田さん登場箇所数え上げた挙句、なんでそこ拾うんですか……
廣戸すみ子さんの談話のこの辺 http://t.co/Z8WOj8feT6 「公の来られた年に、恰も厳しい御触が出て、其の書き物は町方と村方とは文句が少々違ってゐましたが、長い時日をかけて隈なく配布された。公は御退屈のあまり、其の触書を沢山御書きになったが・・・」
近デジリーダーすげえ…『木戸松菊公逸話 : 史実参照』妻木忠太 著 (有朋堂書店, 1935) #近デジリーダー http://t.co/Kxlr9PJir6 http://t.co/Xz3t11qVTe
@itaru_ohyama @kawaviva これは盲点でした。確かに成文憲法がなくても「憲政」は成立しうるわけですね。(でなければ英国は?という話になる) http://t.co/eYXZVzS5rs
@kawaviva 五ヶ条の御誓文を主として、立憲政治になし、上下両院を置いて、国会を開始せんとせられた。『木戸松菊公逸話 : 史実参照』p322 久米邦武の寄稿 http://t.co/r3s9nGvCx9

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