フンコロガシ (@3103_ky)

投稿一覧(最新100件)

https://t.co/vYopVVWxuc 明治における二重の創造的対応 : 士族授産企業「小野田セメント」の事例から #エンカウント兵部
https://t.co/lSSBdUK70Y 億兆安撫の宸翰を再考する―木戸孝允の自筆草案を中心に―
木戸孝允日記に記載された教育博物館の建設 https://t.co/aGlGFR7Vgo 日記の記載によると合計22回も建設現場に足を運んでいたとのこと。平岡さんよく出てくるなと思ったら仕事だったのか。 #エンカウント兵部
https://t.co/0cM7Euhj3L 持続する志 六 : 会津藩公用方 秋月悌次郎
村上範致「安政丙辰聞見雑記 三」翻刻(2) https://t.co/zZX2gN0EnN ㊿辰九月二十六日桂小五郎宛手紙 九月廿六日斎藤弥九郎方にて長州藩桂小五郎蘭学者蔵六抔一
元勲から色男へ : 木戸孝允表象と視覚メディア https://t.co/x1vJi6nvcB
まだちゃんと読んでいませんがハウスさんの広沢さん評がとても良い。6フィートの巨人・・・ 「広沢真臣の子,健三のアメリカ留学について」 https://t.co/Uu9he0I40l
遣欧使節団つながりで紹介されているけど槙村あたりからの長州人脈な気がする CiNii 論文 -  福澤書簡の新資料(明治十一年二月九日付 杉孫七郎宛) https://t.co/YHskpyWIV9 #CiNii
J-STAGE Articles - 明治政府のキリスト教政策 : 高札撤去に至る迄の政治過程 https://t.co/uxpZ687yAO 広沢さんの自主厳刑論ってなんだ #メモ
J-STAGE Articles - 大隈重信の政治的危機と財政をめぐる競合 https://t.co/wwQDEE4W5r 大隈さんもけっこう引きこもるんだなあ
明治二十年のファンシーボール: あるいは鹿鳴館外交の挫折について https://t.co/UHHyR41ao0 仮装パーティの参加者について #メモ ていうかこれは仮装なんだろうか・・・? >宮中顧問官・佐佐木高行(長裃の土佐武士) >陸軍大臣大山巌(薩摩武士)
うちの県立図書館からでも山口県地方史研究読めるんだ。2000年までだけど https://t.co/erYtt0lKxM

3 0 0 0 OA 長州之天下

https://t.co/dLQsaG3t6T タイトルが「怪傑坪井九右衛門」なのに大していいことかかれない坪井さん気の毒。 というか「独娘かねの入婿宗一(前名竹之進)を相続人とさだめたところへ」って竹槌さん??
CiNii 論文 -  角田家本梅田雲浜安政大獄吟味関係資料について https://t.co/2AlRoD6JbE #CiNii

4 0 0 0 OA 岩倉公実記

岩倉公実記 下巻 2 #メモ https://t.co/grlFqgyoUe 「予之識木戸顧問。在文久壬戌之歳。距今十有八年矣。時大原贈正二位奉勅將東下。君自関東馳至。受藩主意。」 あの辺で桂さん岩倉さんと会う機会あったの? 「書 杉孫七郎」はなんというかさすが杉孫という感。大久保さんのは重野さんだった。

5 0 0 0 OA 木戸孝允文書

明治元年閏四月四日 木戸→広沢宛 https://t.co/ucnpci0PwF 宇都宮邊賊徒掃撃の後は慶喜先鋒論江東新平より岩卿へ可申上候儀可有之候に付(中略)爰元にては三人之ものは同論に御座候 これ後藤さんと小松さんも一緒に話し合ってたのね #メモ

30 0 0 0 OA 木戸孝允日記

木原さんが薩摩にめっちゃ文句言ってた件で岩倉さんと大久保さんにあれこれ言い訳してるんですけど、木戸日記だと大久保さんも岩倉さんも出てこない https://t.co/NiiHYSI2SW
長藩木原又右衛門上申の大要覚書 明治元年四月四日 木戸さん「兎角勢ヒ一変スルヤフコト萬一有之節ハ御藩ヲ先ニシテ次ニ我藩ニ限リ灰トナルヘキ事ト存居其機ハ克々相察シ御親睦申上タヒコトニ候云々」 https://t.co/RXaROI6Omk

6 0 0 0 OA 防長回天史

該当箇所「防長回天史四」264~265頁 https://t.co/x9eg6nb9pm 小説なんかで言われてる「攘夷ムリって指摘したから(蒙昧な)攘夷派に斬られた」ってのとはニュアンス違った。
J-STAGE Articles - 萩藩文久改革期の政治組織 : 政事堂の創設と両職制の改編 https://t.co/8szpPwBbm8 76頁と79頁の概念図は印刷して取っておきたいなあ
J-STAGE Articles - 維新後における大久保利通の政治上の人間関係 https://t.co/U4jEJ5SnLj 木戸さんの日記と照らし合わすと楽しそう #メモ
https://t.co/3Fq72v0Z7B 池田 勇太 「公議輿論と万機親裁 : 明治初年の立憲政体導入問題と元田永孚」 福島県令の安場さんの建言で何故か山田市の清国行の件に触れられていたけど、どういう話だったんだ……?

13 0 0 0 OA 木戸孝允日記

この辺の木戸日記 https://t.co/pkeCnixx5P 「熊本知事米田安場権大参事来訪云々之議論あり地方官より猥に在官之人の進退を論す善事にあらず」 あー安場さんかあ。
RT @zasetsushirazu: 秋月俊幸「明治初年の樺太」(『スラヴ研究』40、1993年)は、「明治新政府が旧幕府から引継いだ外交諸懸案のうち、その解決がもっとも急を要し、また危機をはらんでいたのは樺太問題であった」として、日露雑居による問題を分析する。 https…

6 0 0 0 OA 木戸孝允文書

M6/9/29 木戸→那珂通高 https://t.co/MoTfuHF1in 草稿早速御添削被下実に満足仕候御買屋も御條約相済候よし重畳に奉候金は三井之方より受取候都合に付明朝歟今晩までには取揃へ置申候 11日にお願いした草稿の添削も御買屋の件も同時に片付いた模様。

6 0 0 0 OA 木戸孝允文書

M6/9/18 木戸→那珂通高宛 https://t.co/fFVtwwbv4J 然処彼御買屋一件如何相成候哉此段鳥渡御尋仕候彌御運に至り候はゝ粗御約束仕候都合を以黄物は御周旋可致候 11日の書翰で文人的付き合いかと思ったらいきなり生臭くなる木戸さんと那珂さん・・・

13 0 0 0 OA 木戸孝允日記

昔話して感無量になる木戸さんマジ木戸さんと思いながら、日記を確認したら、那珂さんの名前ド忘れしてる木戸さんマジ木戸さん https://t.co/bYTIIr7mnB M6/9/10 二字より五字頃まて  (ママ)来話吉田松陰師の曾て余に與へし書翰を持参せり語二十年前之事不覚生感

6 0 0 0 OA 木戸孝允文書

M6/9/11 木戸→那珂通高宛て https://t.co/rPZ8NN5Fra 昨日は態々御光来奉謝候回顧いたし候へば二十年亦如一夢不覚無量之感慨を生し申候何卒御閑之節は時々御立寄可被下候于時入御内覧候一冊可相成は早々御添削是願候先は為其草々頓首

7 0 0 0 OA 藤公余影

伊藤さんが京都通るたびに霊山登った話は「藤公余影」がソースでいいのかな https://t.co/zPxPvGsqeZ 「明治三十三年初めて公の知遇を忝ふせし以来は、公の官務又は私用を以て京都に過る毎に、未だ曾て一回だも、其先輩にして且恩人たる、木戸公霊山の墓に詣でざる事なし。」

7 0 0 0 OA 藤公余影

「藤公余影」があちこち参照されてましたけど、伊藤さんひどいなと思ったのがここ。 https://t.co/JMwMDKSxp6 「山口に行啓を仰ぐは光栄の至なれども、元来無趣味の地なれば、何等台覧に供すべきものなし」 「山口観光するとこねーよ」て、実際なんもないけどさ
RT @machi82175302: 【再掲】拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」(『神田外語大学日本研究所紀要』9号、2017年)が既にダウンロード可能となっていました(^^)https://t.co/A65OnLMHFg

8 0 0 0 OA 木戸孝允公伝

昭和19年3月12日(日)#木戸幸一日記 「終日在宅、孝允公伝を再読、当時極めて緊迫せる情勢下に於て孝允公の執られたる御心事、御態度、今日の情勢に照合し真に感銘深きものあり、以て亀鑑とすべきもの尠からず」 孝允公伝って、これ(https://t.co/mNEViuUYqg)かな?
@3103_ky 本稿の方はネットで読めるのね 髙橋小百合 <木戸孝允>を支えた女 : 幾松の「維新」と「復古」 https://t.co/Y0ixcevUT3
CiNii 論文 -  〈木戸孝允〉の生成 https://t.co/Pt5CiL3hKF #CiNii
CiNii 論文 -  五榜の掲示と木戸孝允 https://t.co/UqIv3hCCp4 #CiNii
CiNii 論文 -  木戸幸一研究 : その政治的人格の形成と構造 https://t.co/si7xK2R9nj #CiNii

3 0 0 0 OA 木戸孝允文書

RT @yaduki_bm: https://t.co/uHg6rzfRvg 骨まで濡れる木戸さんと薩摩に甘き珍しきもの贈るのと時山、君はどこにいるんだい

5 0 0 0 OA 論語講義

渋沢さんの論語講義 https://t.co/01iWIcTrX3 「善功にほこり労責を他人に転嫁するやうの人は。常識に乏しいからである。」 前の頁で伊藤公も大隈候も井上候も「善にほこりたがる方」と書かれておりましたが、つまり3人とも非常識と・・・(否定はできない
森川潤『十月政変の演出者井上毅』 https://t.co/Yq4v2icEkr 毅無双
森川潤『明治十四年の政変への道程(二) : 東京大学と独逸学協会のばあい』 https://t.co/1Tj1PJ5LSW
森川潤『明治十四年の政変への道程 : 井上毅をめぐる「ドイツへの傾斜」の動き』 https://t.co/8Ydb7zAVFD

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

西南戦争中の木戸日記だと個人的にここ大好き https://t.co/nqBVIYLsRF 「陸軍卿代理全権は西郷従道なり則隆盛の肉弟(中略)如何となれば大義滅親は不得止の語にして人生これをして決而快と云ふべからず」

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

https://t.co/6VgMXSMJlD 西南戦争勃発後のこの辺とか。大久保さんに府県に示すための陛下の御主意(添削済み)廻して、戦争が片付いた後のことあーだこーだ言い残してるの、ここは外して欲しくなかった。
谷川穣「〈奇人〉佐田介石の近代」 https://t.co/m0guKLtYtW まだちゃんと読んでませんが、佐田さんは何べんか木戸さんに面会を申し込んでたそうで。関係文書に書簡あるかな? #メモ
明治政府における榎本武揚の位置づけ : 明治十年代の井上馨との関係から https://t.co/ONDeVXorlM 榎本さん、方々から口を揃えて「長官って器量じゃないよね」と言われてるんですが、共和国時代はどうだったんだろう
乾照夫『明治10年代における成島柳北の言論活動について』 https://t.co/5lWtn6uN1P #メモ

9 0 0 0 OA 大事小事

木戸さんから「子供みたいなことするな」って(間接的に)言われたの成島柳北さんか。なぜか山口の諌早党の誰かと思ってた。 https://t.co/tBrifqQGQL しかしこのエピソードの成島さんヘタレっぽい

13 0 0 0 OA 木戸孝允日記

@3103_ky 折角確認したからメモしとこう #メモ https://t.co/Pcm2zTxzVm M5/1/22 (新暦3/1) 何さんに御誓文云々の話 https://t.co/kWxMaO8gDz M5/3/15 (新暦4/22) 杉浦さんの翻訳した憲法見に行った話

13 0 0 0 OA 木戸孝允日記

@3103_ky 折角確認したからメモしとこう #メモ https://t.co/Pcm2zTxzVm M5/1/22 (新暦3/1) 何さんに御誓文云々の話 https://t.co/kWxMaO8gDz M5/3/15 (新暦4/22) 杉浦さんの翻訳した憲法見に行った話
CiNii 論文 -  <論文>集書院の成立と衰退に関する史的考察(1) : 槙村正直と福沢諭吉 https://t.co/z5ujAblcR6 #CiNii
CiNii 論文 -  新資料 槙村正直宛書翰について https://t.co/2cihK2Kgi1 #CiNii

4 0 0 0 OA 小原鉄心伝

小原鉄心伝 https://t.co/VQEZKMTT6S 詩はここに載ってましたけど、印刷が悪いなあ > 松菊は欣然として咲を含み これを口語にすると「喜んでにこにこしていた」になるのか 地味に雪爪さんの反応がないのが気になる https://t.co/JxrCAdQbcl

4 0 0 0 OA 広沢真臣日記

@3103_ky 明治元年の3月の出来事なので、木戸さんの日記はないんですが… https://t.co/t9QcLz8ECa 三月廿五日「下り掛嵐山行一泊す」 三月廿六日「天気尤快晴今朝閑叟老公 山階宮其外堂上公家藩士等大集会実に大愉快」 広沢さんはこういうの一行ですますよね

7 0 0 0 OA 木戸孝允文書

@3103_ky https://t.co/Q8XTZU1UWH M3 士族の方向を定むべきの意見書 「先王の盛時に復せんと欲するに唯旧習を洗除して以て人材を・・・」 これ何月の意見書だろうか。さっきのやつの後に読むといや木戸さんどっちだよ状態になるんですが。

7 0 0 0 OA 木戸孝允文書

https://t.co/Ixx8OyOIHN M3.10 政令一途に関する意見書 「論者皆曰く是洋制なり以て従ふへし是れ舊習なり以て除くへし」 「論者皆徳川の故事を去るを以て急とす」 急進派を批判してるかと思いきや、最後に「さっさと廃藩」と急進的な木戸さんの意見書 #メモ
https://t.co/EqLH5PW2g2 うちに帰ったらPCで読みたい。2段のレイアウトはスマホじゃ読みづらい
https://t.co/EqLH5PW2g2 うちに帰ったらPCで読みたい。2段のレイアウトはスマホじゃ読みづらい
CiNii 論文 -  齋藤修一郎の英文自伝 https://t.co/iFKfrwApm9 #CiNii google scholarで検索したらPDF見られるんですが、大学南校が一旦廃止された経緯がちょっと気になったので木戸日記のM4.7~9あたり確認したい #メモ
#メモ 伊藤さん→巳代治書翰が200通くらい読める 「伊東巳代治関係文書」所収伊藤博文書翰翻刻(上) https://t.co/avuj85iasV 「伊東巳代治関係文書」所収伊藤博文書翰翻刻(下) https://t.co/DBTuWf6oMQ
#メモ 伊藤さん→巳代治書翰が200通くらい読める 「伊東巳代治関係文書」所収伊藤博文書翰翻刻(上) https://t.co/avuj85iasV 「伊東巳代治関係文書」所収伊藤博文書翰翻刻(下) https://t.co/DBTuWf6oMQ
CiNii 論文 -  廃藩政権と留守政府--明治四年の政治動向 https://t.co/6R5HC3AGn1 #CiNii
CiNii 論文 -  <論説>弾正台と行政監察 https://t.co/cApLMi9sLa 海江田さん「生前大村と不仲だったせいで色々言われてるけど、違うよ」 とのこと。#メモ
CiNii 論文 -  <研究ノート>大久保政権の成立をめぐる一考察 https://t.co/McgC1tVFvY #CiNii 木戸さんの御機嫌取りする大久保さんと二人の間で苦労している伊藤さん・岩倉さんの図
1991年だからこれかな? https://t.co/pUUDSVkVsP #国会図書館に行ったら読みたい本
https://t.co/08M2PINEW5 石田徹「明治初期日朝交渉における書契の問題」 「高橋秀直氏は,対朝鮮政策の強硬化によって対米関係を親密化させるという木戸孝允の論理などを紹介すると共に,」 ここ気になるんですが
https://t.co/08M2PINEW5 石田徹「明治初期日朝交渉における書契の問題」 「高橋秀直氏は,対朝鮮政策の強硬化によって対米関係を親密化させるという木戸孝允の論理などを紹介すると共に,」 ここ気になるんですが
CiNii 論文 -  木戸孝允と神田孝平における「官」と「民」 : 新聞とのかかわりと政治観とを中心に https://t.co/6VzQYYkRpd #CiNii
CiNii 論文 -  皇居におけるタヌキの食性とその季節変動 https://t.co/4zjY8haqUp #CiNii

13 0 0 0 OA 木戸孝允日記

https://t.co/w5qKcwbj31 M5/5/14「此傍に空船あり其処に至り空船に乗る」 たまたまそこに気球があったから乗ったみたいなノリだと思ったらホントにたまたまアトラクションやってたの・・・
https://t.co/7t0f5LW8Sj 枕頭の「日本外史」を指しながら「昔、豊公の薩摩征伐も一年近くかかつたわけであるから、今度の騒ぎも、さうちよつくらと片づくわけにゆかんではないか、」と笑つてゐられた。
https://t.co/zaro7DemTM 「候は伊藤さんよりズツと丈高く、大柄の人であつたが、まづ中肉中背のやうであつた。容貌も至つて温和で挨拶も丁寧だつた。後進に対しては、殊に懇切であり愛想がよかつた。会ふ者をして、どこか懐かしさを感じさせる温い肌合の人であつた。」
竜渓矢野文雄君伝 https://t.co/uZX6DeqDVF 木戸さんの話。薩長同盟の方は結局、龍馬が周旋してくれたよって解釈でいいのか。しかし西南戦争中で土佐のほうも怪しいって時節に「薩長同盟は龍馬と西郷のおかげ~」みたいな話してまわるのって何か意図があるのかね
竜渓矢野文雄君伝 https://t.co/uZX6DeqDVF 板垣「西郷の真意を知る者は自分一人である。」 方々から「あいつのことわかってるの俺だけ」みたいな発言される西郷さん・・・
RT @zasetsushirazu: 笹部昌利「幕末維新期の「農兵」と軍事動員」(『京都産業大学日本文化研究所紀要』21、2016年)は、近年の幕末政治史研究と軍事史研究がパラレルに進展していることを指摘し、鳥取藩池田家を事例に「農兵」とは何かを検討する。 https://…
RT @zasetsushirazu: 重松優「大木喬任と三好退蔵-伊藤博文の滞欧憲法調査一件を中心に-」(『社学研論集』9)は、大木喬任が部下をうまく使うことが苦手だったと指摘。その上で、今ではマイナーだが明治の法曹界を主導した大木の部下・三好退蔵の事績を分析する。 htt…
旧夢談 https://t.co/xdqJpO1VKh 陸奥氏は大江氏と相謀りて曰く西京の行在所にて大臣の未だ征討の令を下さざるは或ひは大久保氏を憚りてなり想ふに木戸氏は必らず之れを主張せん若し然らば直ちに政府に迫り速やかに鹿児島征討の令を発せしめんと
3/24 大阪での林さんと大江さんの会話。西南戦争中、政府から武器もらって蜂起しようぜ作戦が頓挫したあたり。 この大江氏って↓の大江氏?妻忠の解説だと木戸日記で大江さんが出てくるのは4/9のことらしいんですけど…… https://t.co/UmfWfMw4j2
旧夢談 https://t.co/BtrXWvRpSX 大江氏曰く(中略)僕下坂するに臨み三条公より在坂中万事木戸氏に談ずべしとの事なり故に木戸氏并に鳥尾氏とは屡々往来する所あり是非共土佐より募兵すべしと遊説したるに未だ可否の決答に及ばずと
佐田白茅「征韓論の旧夢談」 https://t.co/uJhbsNQFMo 林さん旧夢談を探してたら見つけたやつ。大久保さんと木戸さんのあしらい方の差が見事に性格出てて楽しい。というか、広沢さんが生きてることに感動する(明治2~3年くらいだからそりゃ生きてるわ)
林有造氏旧夢談 https://t.co/WvzSftd3i0 西郷さんとお話ししたあたり。こっちのページ(https://t.co/hIbjKvPpVg)と結構内容違うんですが…… ここでも木戸のあんチクショーって感じなので明治七年だと大久保許せねえって空気じゃなかったのかね

3 0 0 0 OA 西南記伝

西南記伝 上巻「桐野利秋の征韓論に関する実話」 https://t.co/XGL5V3wjPW 「討湾の事副島の支那に於ての処置甚だ疎略なり(中略)今軽挙兵を起して之を討せんとせば彼れ之を非とするの辞あるべし」と是れ大隈陸軍中と密謀し此説を為さしむるなり。只出師の期を延ばすにあり

3 0 0 0 OA 西南記伝

西南記伝 上巻「桐野利秋の征韓論に関する実話」 https://t.co/RwHWkLgjko 「宸断を以て朝鮮使節の事不可御批下る是れ右府豫しめ木戸等偸安党と密謀して、此に至るなり。(中略)復た彼の偸安党と興に計る可らざるを知り、即日官を解き去る」

30 0 0 0 OA 木戸孝允日記

>明治3年5月14日に会合があったことがわかる https://t.co/9aeLBDF2kI 脱隊騒動の後、鹿児島訪問して山口に戻ってきたあたり。 「岡の旅寓を訪猿村缾山敬宇二水松屋等相会遣酒筆至晩」これのことかな
@3103_ky ちょうど12/24の記事がないだと…… https://t.co/LCIkaIuciA

5 0 0 0 OA 防長回天史

これ「芸州行はお断り」「岩公とか筑備両大夫に出張してもらう方がいい」って手紙ですが、29日は↓の手紙書いた日なので、広沢さん即日手のひら返したことに…… 「使事は宍戸一人をして担任せしむるに決し二十九日之れを広島に書報す」 https://t.co/nYyhogS1JN

4 0 0 0 OA 木戸孝允文書

文久二年十一月朔日 桂小五郎→宍戸九郎兵衛 https://t.co/h2BHfPDHjP 「最初には少々俗論を張り候故終に両三人は斃し不申而は徹底仕間敷とも気遣候処」当の桂さんは結構イライラしてた模様……
CiNii 論文 -  佐佐木高行日記群の全貌 : 宮内公文書館所蔵史料の検討 https://t.co/Wy9bGiLhgl #CiNii

13 0 0 0 OA 木戸孝允日記

ちなみに木戸さんが断髪して参朝したのは八月三日 https://t.co/f2tfK5rjsW 「渡辺昇来訪今日共に断髪十一時頃参朝」
#佐々高日記 P.183「八月九日、散髪・制服・略制服礼式之  トモ、自今可為勝手旨、御布令アリ、是ヨリ前キ、大久保第一番ニ散髪ニテ出仕セリ、夫ヨリ散髪致候官員ハ追々相見エタリ」 大久保さんは髪切ったとか日記残してないんだよなあ https://t.co/WzLZjdeJF3

5 0 0 0 OA 時勢と英雄

時勢と英雄のこの辺。読みやすく編集されてました。 岩倉大使随行回顧談:https://t.co/0bIGtwAVLi 木戸孝允:https://t.co/ojq8KXlXub

5 0 0 0 OA 時勢と英雄

時勢と英雄のこの辺。読みやすく編集されてました。 岩倉大使随行回顧談:https://t.co/0bIGtwAVLi 木戸孝允:https://t.co/ojq8KXlXub
RT @yaduki_bm: 正木退蔵さんは情報ちょいちょい引っ掛かるしハワイの人だなってくらいの知識はあるんだけど正木市太郎さんは何者なんだと思ってたらこんな論文が引っかかった https://t.co/WGgugfUtLo

14 0 0 0 OA 木戸孝允文書

@3103_ky 利通老台と書いてる手紙はこちら https://t.co/IHMjhTpzQe 元老院章程で板垣さんともめてるあたり。

30 0 0 0 OA 木戸孝允日記

M2/4/24 河田佐久馬来る近情を談し又往時を相語る六七年前の知己実に稀なり https://t.co/2xGXkPlUCT

7 0 0 0 OA 木戸孝允文書

大久保さんの関係文書で木戸さん書簡まとめて印刷したの読んでるんですけど、最初の方すごく真面目だ…… M2/5/13 木戸→大久保 河田佐久馬(少々推し足り不申) https://t.co/zY9CbQtjvE この辺河田さん会ってたっけ?と日記探したらちょっと前に会ってた。

5 0 0 0 OA 木戸孝允文書

これ? 木戸孝允文書. 第4 https://t.co/dEkhd0lHGQ

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

何さんの名前について、深刻な勘違いをしていたのでさっきのツイート削除しました。之は助詞じゃないYO。 https://t.co/gaYOZMnDpJ M8/12/29「大久保利通来訪。何禮之萬法精神の訳書持参」

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

https://t.co/318WpCuDV3 他の薩摩っこ 1/4 黒田(木戸さんに呼び出されたっぽい) 1/6 西郷従道 1/7 大山巌 みんなバラバラ 元日に顔出した大久保さんと川路さんはマメっていうか、仕事がらみで用事でもあったんだろうか

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

https://t.co/5uasUzT3vt M9/1/1「伊藤博文山尾庸三大久保利通山縣有朋鳥尾小彌太宍戸たまき山田顕義川路利良其外来祝するもの三十餘人」 長州人の群れに埋もれてる大久保さんと川路さんがシュール。というか川路さんが木戸さんとこに元日に挨拶に来るの意外。

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

https://t.co/gAdu1fecKf 廣澤さん暗殺(明治4年1月9日(新暦2月27日))から五年後の明治9年2月27日の木戸日記 「青松寺に至り廣澤故参議の墓に詣す。今日満五年に当れり」 ちゃんと新暦に対応している木戸さんにちょっと驚き。

お気に入り一覧(最新100件)

秋月俊幸「明治初年の樺太」(『スラヴ研究』40、1993年)は、「明治新政府が旧幕府から引継いだ外交諸懸案のうち、その解決がもっとも急を要し、また危機をはらんでいたのは樺太問題であった」として、日露雑居による問題を分析する。 https://t.co/F00azjDOir
【再掲】拙稿「慶応期政局における薩摩藩の動向―薩長同盟を中心として―」(『神田外語大学日本研究所紀要』9号、2017年)が既にダウンロード可能となっていました(^^)https://t.co/A65OnLMHFg
伊藤痴遊の「~竜馬・中岡」は東洋&小南の魅力が分かりやすく詰まっててありがてゃ~→https://t.co/srVFag29Nj それと「鯨海酔侯」「伯爵後藤象二郎」もいい ハマったきっかけは平尾さんの人物叢書「容堂」「東洋」…小南さん大活躍だから…
https://t.co/lMhaLqMDfm この論文読んできたんですけど、今まであんまり語られてこなかった10代~の桂小五郎がしっかり考察されててすごく良かった……!こういうテイストで一冊読みやすい入門書というか簡易伝記みたいなのほしい!
笹部昌利「幕末維新期の「農兵」と軍事動員」(『京都産業大学日本文化研究所紀要』21、2016年)は、近年の幕末政治史研究と軍事史研究がパラレルに進展していることを指摘し、鳥取藩池田家を事例に「農兵」とは何かを検討する。 https://t.co/r7wiH3F44r
重松優「大木喬任と三好退蔵-伊藤博文の滞欧憲法調査一件を中心に-」(『社学研論集』9)は、大木喬任が部下をうまく使うことが苦手だったと指摘。その上で、今ではマイナーだが明治の法曹界を主導した大木の部下・三好退蔵の事績を分析する。 https://t.co/KQTZr3SWjq

20 0 0 0 OA 木戸孝允日記

みんな明治7年9月3日の木戸日記読んでね! https://t.co/p2i4DyKGDC

51 0 0 0 OA 現代華族譜要

https://t.co/NyxZE6fsx0 フォロワーさん情報の広沢家系図だけど金次郎くん子沢山だね(そこか)
田端真弓・山田理恵「大村藩における西洋式軍事訓練導入過程と武術」(『学術研究紀要』44、鹿屋体育大学、2012年)は、「薩摩,長州の両藩に随従しながら戊辰戦争に出兵した」、渡辺昇の出身藩・大村藩における武術の位置付けを考察。 https://t.co/6LMjl5wRZi
中西達治「持続する志(6) 会津藩公用方 秋月悌次郎」(『金城学院大学論集 人文科学編』11-2、2015年)は、松平容保の京都守護職就任前後の幕末の会津藩関連と、秋月悌次郎の動向を紹介。秋月と桂小五郎(木戸孝允)の交流にも言及。 https://t.co/3plz0kb23g
幕末の幕臣で明治のジャーナリスト・栗本鋤雲は、安政5年から数年間、函館(箱館)にいた。井田進也「栗本鋤雲の函館」(『大妻比較文化:大妻女子大学比較文化学部紀要』12)は、井田氏自身が鋤雲の足跡を求めて函館を歩いたときのことを語る。 https://t.co/2Y3XO63kWO
桐原健真「幕末における普遍と固有-吉田松陰と山県太華-」(『年報日本思想史』4、2005年)は、思想史分野において昔から検討されてきた吉田松陰と山県太華の論争の評価を見直す。桐原氏の著書『吉田松陰の思想と行動』に結実した論文。 https://t.co/hNHLQroVWr
田口由香「幕長戦争段階における木戸孝允の政治構想」(『広島大学大学院教育学研究科紀要 第二部』51、2002年)は、幕長戦争の際に木戸孝允が、対外的危機に対して失政を重ねる幕府を排除して、王政復古を目指す構想を有したと論じる。 https://t.co/ea7sywgkY1
笹部昌利「津山藩と幕末政局-中央政治と「攘夷」への一形態-」(『佛教大学大学院紀要』27、1999年)は、中小諸藩の幕末期における政治動向を明らかにする試みとして、津山藩を分析。文久期津山藩の、「攘夷」への「地味」な対応を見ていく。 https://t.co/R8CroAvuld
大久保利謙「五代友厚の欧行と、彼の滞欧手記『廻国日記』について」(『史苑』22-2、1962年)は、五代友厚が幕末期にヨーロッパ各国を訪れた際の手記を紹介する論文。『大久保利謙歴史著作集5 幕末維新の洋学』(吉川弘文館)に再録。 https://t.co/sQT5fhD6V7
荒川紘「寛政の三奇人と遊歴の時代」(『人文論集』55-2、静岡大学)は、林子平、高山彦九郎、蒲生君平の、歴史的意義を問う。例えば彦九郎について「民衆の意志を天皇に伝えようとした」人物とする。吉田松陰ら幕末期の人物への影響も指摘。 https://t.co/tZoo8ugQ0C

4 0 0 0 OA 維新功臣伝

https://t.co/h61stjmDfd めっちゃ若返ってるし「吉さに惜しませれば箔付けになる」感

1 0 0 0 OA 習静楼遺稿

そんなことより宍戸さんのおしゃんてぃな印見つけたからみんなこれ見ようよ!! https://t.co/0gLA3qXQs7
こっちが博論。ぱらっと見たところ、大木さんの動向もわかるのかな。あとでよむ。/「江藤新平と明治初期財政 : 明治草創期の国家形成に関する基礎的研究」 https://t.co/Lzj1wolK5i
木戸さんが新平ちゃんの才をかってくれてたよという話はこの論文。※ただし広沢さん宛書簡では「江東」とか書いてくれてます、通常運転です/CiNii 論文 -  江藤新平の明治維新--「東京奠都の議」を中心に https://t.co/VFTJQqjmPo #CiNii
五代くんと渡辺昇の接点ぐぐってたらこのようなものに行き当たった。五代くんが持ちかけた商社計画に関して、木戸さんが昇をパシッている/CiNii 論文-薩長商社計画と坂本龍馬:坂崎紫瀾の叙述をめぐって(<小特集>江戸・幕末、近代の日本) https://t.co/YwOaOalKLK
森川潤「青木周蔵の渡独前の修学歴⑶ 萩城下における蘭学の修行時代」(『広島修大論集』54-1、2013年)は、明治の外交官として活躍する青木周蔵の青年時代、幕末の萩城下における蘭学修行の様子を史料から再現しようと試みる。 https://t.co/cGEiVv9plk
落合弘樹「幕末政局と木戸孝允」(『明治大学人文科学研究所紀要』76、2015年)は、木戸孝允が、幕末期に政治家としての資質や立場を確立させていく過程を分析。長井雅楽の航海遠略策や島津久光の率兵上京などの動向を見据えて論じる。 https://t.co/iMTeMjJYxq

30 0 0 0 OA 木戸孝允日記

なぜか19日と書いてしまっていましたが正しくは13日の日記です→近代デジタルライブラリー木戸孝允日記7コマめ https://t.co/APzU9ryjiR  たいへん失礼しました!  https://t.co/8YGbWiuHrl
張 惟綜「吉田松陰と久坂玄瑞-思想の伝承とその展開-」(『倫理学』25、2009年)は、久坂玄瑞が、松門の双璧と並び称される高杉晋作に比べて世に知られていないことを指摘した上で、吉田松陰の思想が久坂にどのように伝承したか分析する。 http://t.co/OizJNVvNrn
中西達治「手代木勝任について-戊辰戦争後の幽囚時代を中心に-」(『金城学院大学論集 人文科学編』6-2、2010年)は、幕末の会津藩士・手代木勝任(直右衛門)が、戊辰戦争後に美濃高須藩にお預けとなっていた時期の動静を考察する。 http://t.co/6btNgwR4TM

11 0 0 0 OA 近世偉人百話

http://t.co/df5VECJX11 >松菊土方となり兵助鰻を割く 最初の方の吉さageage↑↑な木戸さんにも噴いたけどこれはwwwwなんで兵助鰻捌いてんのwwwww
http://t.co/di61T6eHYQ 最初ちょっと欠けてるし全然史実じゃないけど講談風で面白かった木戸さんと甚助の話
http://t.co/xUmQtCSniL 元ネタ(?)これかー!!!!明治19年ってそんな死後10年も経ってないじゃないですか……
http://t.co/GJZvR1h7ZB これ爆笑したんだけどなんで大久保さんの乗ってる汽車の中に木戸さん手紙投げ入れてんのwwww

39 0 0 0 OA 大久保利通文書

http://t.co/jb45lpZtJE 大久保利通文書の解説によると吉さ派遣の時点で薩摩の出兵は決まってたと……
浅羽忠之助は容保公の小姓だったため、日記の内容からは容保公の行動も伺い知ることが出来ます。更なる研究が待たれる資料。 CiNii 論文 -  浅羽忠之助(あさばちゅうのすけ)の生涯とその遺録 : 浅羽家寄贈史料から http://t.co/PidHSFVw9G #CiNii

1 0 0 0 OA 世外井上公伝

世外井上公伝のここら辺は悲壮感めっちゃ伝わってくる http://t.co/Nz2gbeVAbW http://t.co/oOywAdwhkf

1 0 0 0 OA 親分子分

ヒストリアでショックを受けている皆様におすすめしたいのがこの一冊 親分子分 浪人編 http://t.co/7ExihVTuI5 まだ通しでは読めてないんだけど木戸さんの扱いが本当にかっこいいです。色々気になる目次もあるんだけど…w
安岡昭男「井上馨論」(『国際政治』33、1969年)は、明治12年から20年まで外務卿・外務大臣を務めた井上馨の、外交の特質などを論じる。古い論文なので、安岡氏の著書に再録されているかもしれないが、未確認。 http://t.co/XqE25lDPjm
高埜俊彦「江戸時代の宗教と朝廷の役割」(『学習院史学』53、2015年)は、江戸時代の宗教について概観する講演録。徳川政権が朝廷や天皇の持つ伝統的機能(主要なものが宗教的役割)を独占掌握し、幕府の国家統治に用いたとする。示唆に富む。 http://t.co/ZZp6Ui18pZ
高埜俊彦「江戸時代の宗教と朝廷の役割」(『学習院史学』53、2015年)は、江戸時代の宗教について概観する講演録。徳川政権が朝廷や天皇の持つ伝統的機能(主要なものが宗教的役割)を独占掌握し、幕府の国家統治に用いたとする。示唆に富む。 http://t.co/ZZp6Ui18pZ

14 0 0 0 OA 木戸孝允文書

伊勢さん宛の「大久保襲来」 だいすき http://t.co/WMUJ6T7HdL

1 0 0 0 OA 松菊遺稿

この先年がいつの話かわかんないけど恐らくここで改変されたんだと思われるから犯人は多分杉孫 (露國客中作) http://t.co/6JunkQWnLF
坂内知子「ロシアにおける岩倉使節団と『米欧回覧実記』-書かれなかった皇帝午餐会-」(『語学研究』22、2007年)は、久米邦武の『米欧回覧実記』における岩倉使節団のロシア訪問部分について、事実誤認や未記載の重要行事があることを指摘。 http://t.co/ceTXAZDpqZ

6 0 0 0 OA 木戸孝允文書

http://t.co/zc3fSiqtWI この藤井・三輪宛書簡は東京のみんなが「木戸さんが襲われた?!?!!」って超焦ってるところに自分家と別荘の世話を事細かに居候面子にお願いしてる天然木戸さんがいい味出してると思います

14 0 0 0 OA 木戸孝允文書

あれ?この片山喜八宛の書簡明治八年の4/21ってことになってるけどどう考えても内容が関係文書の「明治二年」7/4の片山「貫一郎」さんの手紙に対応してるぞ 関係文書の方の書中に「四月二十一日之尊翰」って書いてあるから確定だと思う http://t.co/NPxast8SnM
片山喜八さん解説だと武士身分の能役者では?って言われてて酒造で失敗して例文集を出して当たったって書かれてたんだけど検索かけてみたら近デジに「片山喜八編 片山書堂出版」の本があっておお、ってなった http://t.co/FPn9TBoKsR 多分題字杉孫だし

5 0 0 0 OA 松菊詩文

http://t.co/LK1GZRifFd これは明治11年の5月に出されたらしい詩文集なんだけど辞表も全文載ってて笑う

1 0 0 0 OA 松菊遺稿

http://t.co/6JunkQWnLF これが詩集に載ってる方で、こっちの方が他の伝記やらなんやらにも書かれてる
今日は華族令制定の日ですね! さぁ何人知ってる人を見つけられるかな?!! http://t.co/CMCYnXjMe8
松浦玲「安政開港期のオランダ」(『国際文化論集』2、桃山学院大学、1990年)という論文がある。勝海舟の研究者として著名な松浦氏が、海舟も参加した長崎海軍伝習を切り口に、幕末のオランダを考察。松浦氏の海舟研究の副産物と言える論文。 http://t.co/8Cw4iuBkcN
青山忠正「通商条約の勅許と天皇」(『佛教大学 歴史学部論集』5、2015年)は、「十九世紀半ばの事象をとらえるのに、近代の言葉で考えてはいけない」という観点から、長州毛利家の破約攘夷論が隆盛の時代を分析。講演録に補訂を加えたもの。 http://t.co/fptnx1BGG0
星原大輔「大隈重信と江藤新平・江藤新作」(『早稲田大学史記要』46、2015年)は、佐賀市大隈記念館の「大隈祭」における講演の講演録に加筆修正したもの。星原氏は江藤新平の研究者で、『大隈重信関係文書』編纂にも携わっている。 http://t.co/5lHid31Jwf
小川原正道「征韓論政変後の政府転覆計画」(『武蔵野学院大学研究紀要』3、2006年)は、明治7年1月1日に起きた、芝増上寺の放火事件を分析。小川原氏は別稿で、放火原因について宗教的側面を指摘したが、この論文では政治的側面を考察する。 http://t.co/XPxClkeMrF

11 0 0 0 OA 東行先生遺文

「ぼくがかんがえた最強の藩政府」妄想。行政府参政に麻田=周布さん、地政府参政に桂さんをおいてみている(周布・桂への信頼っぷりがわかる…)。奥平数馬さんや北条瀬兵衛さん、来原さんの名前もある。「長雅」っていうのは長井さんでいいのかな? http://t.co/KE552ppnH7

11 0 0 0 OA 東行先生遺文

「一日見ず、三日の如し」手紙。隣の(これ翌日なんだっけ?)手紙でも「今長陽亭にいますので!きてください!長陽亭って例の麻田翁(周布さん)がよくいらっしゃる酒楼です!きてくださいね!って書いてる。大河でも桂さんはよ来てくれるといいね…  http://t.co/CdTOBok41Y

5 0 0 0 OA 松菊詩文

内容かぶってそうだけどこれと併せて誰か活字化してくれないかな…… http://t.co/b6GKRl8Rbj

1 0 0 0 OA 松菊遺稿

私が無知だから存在を知らなかっただけかもしれないけどちょっと今この本の存在を知ってものすごく驚いてる http://t.co/NlBAoPAecG

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