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※ところどころ単語の意味が分からない……喧嘩については「御祭禮及緣日」にも書いてありました。 https://t.co/S5tRzgBUmZ 此祭各社氏子間に喧嘩多く些細の事より屢々(しばしば)大なる騒動を惹起(じゃっき)したり、祭の当日皆な之を予期し馬にかます(穀物を入れる袋?)をつけ、之に石片・刀を詰め
https://t.co/wB4Ii72Us9 乗子二人(成童を用い麻上下を着し刀を帯ぶ)と書いています。 https://t.co/jGpTZId8tR 朝気の馬場孝道氏方より夫婦梅の折枝を献上し乗子に酒を捧ぐ。 https://t.co/sfHvaBL4pe この図にも乗子は二人いることが分かります。
https://t.co/wB4Ii72Us9 乗子二人(成童を用い麻上下を着し刀を帯ぶ)と書いています。 https://t.co/jGpTZId8tR 朝気の馬場孝道氏方より夫婦梅の折枝を献上し乗子に酒を捧ぐ。 https://t.co/sfHvaBL4pe この図にも乗子は二人いることが分かります。
https://t.co/wB4Ii72Us9 乗子二人(成童を用い麻上下を着し刀を帯ぶ)と書いています。 https://t.co/jGpTZId8tR 朝気の馬場孝道氏方より夫婦梅の折枝を献上し乗子に酒を捧ぐ。 https://t.co/sfHvaBL4pe この図にも乗子は二人いることが分かります。
「御祭禮及緣日」 https://t.co/S5tRzgkiYp 馬場孝道氏の家は馬場家四代目に朝気村に引籠る、四郎右衛門氏の時に至りて会々(たまたま)御幸祭を拝し、其当乗子(本来は江戸より来るべきを土地の郷士代りて勤めたり)をみて其旧に知る人なるを知り久々にて対面の挨拶あり
「甲州年中行事」 https://t.co/ElHYhpVq65 此日男児は盛に凧を揚ぐ、十年前は最も盛にして凧の喧嘩も此日は殊に多く、如何なる他人の凧を切りても此日に限り何等苦情を持ち込む能わざる風習一時行われしが、電信電話の増加より漸次凧上廃れ今は喧嘩は全く廃れたり。
「御祭禮及緣日」 https://t.co/wB4Ii72Us9 旧暦4月の中の亥の日から新暦4月15日になったことが書いてある。 (;゚д゚)ゴクリ… 今は参加していない地区の名前が書いてあるし、冒頭から無礼な見物人を殴ってもいい話……各社氏子同士で喧嘩する……昔聞いた出禁地区の話は本当の話かもしれない……
「理慶尼記」 https://t.co/U3jKTPfRhT 兄の土屋いひけるは、勝頼・信勝御腹召されぬ。思ひ置く事なし。いざ、敵の中へ乱れ入り、討死せんといひければ、承ると申して、御死骸に打別れ、兄弟三人、打物抜き持ち、敵の中へ乱れ入り、火焔の出し戦ひて、多くの者を滅せば、向ふ敵こそなかりけれ。
「甲陽随筆」曲淵勝左衛門 https://t.co/H5Hj4t9Ung 一巨摩郡中郡筋押越村の枝郷曲淵と云所に小き淵有、武田信玄の御内武篇の覚有曲淵勝左衛門吉景は右の淵に住蛇の子成よし、当時御旗本に一家大勢有之由曲淵氏之出所也 ※蛇の子?曲淵は蛇の子と書いてあるように見える……すげぇ設定……
「甲陽随筆」四阿山 https://t.co/RM9Amy1fKW 同郡大石和筋鎮目村東屋大権現(中略)毎年六月十五日より十八日迄国中の者参詣多し、 ※吾妻屋宮はGooglemapに載っています、この辺りが四阿山だと思います。近くにある長谷寺の山号は菩提山です。 https://t.co/TsL88j36XL
笛吹権三郎の亜種?元ネタ?「甲陽随筆」 https://t.co/KUhFKfeuFR 山梨郡小松地村笛吹川の内血脉河原と云所権三郎淵と云、往昔同郡上釜口権三郎と云水練の名人此淵に沈み死す、淵の邉にて毎月廿日夜炎光致候に付、長慶寺の住僧祈念致し、権三郎を水神に祭たれは炎光止みしよし、
>RT 「ヨゲンノトリ」も「甲斐の国のたからもの」。 「暴瀉病流行日記」にも光が。 拙稿2005で言及したときは『甲斐志料集成』の翻刻しか見られなかったからなぁ。 https://t.co/n7NB7ab5wY
「安政五年暴㵼病流行日記」 のヨゲンノトリ https://t.co/n3s4bqddbJ

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