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近江栗太郡志は、興福寺官務牒疏原本へ誰かが書き加えたのでは?と推測 https://t.co/JWPKIId56O 。 もし仮に興福寺官務牒疏の偽作されていない、かつ、興福寺しか把握できない内部事情の記述と 共通の記述があるという理由で 寺社の縁起書を批判したら、加害になってしまうのが怖い。 椿井文書記録 https://t.co/gCXOAkAI1c
近江栗太郡志は、興福寺官務牒疏はきちんとした記載がある原本へ誰かが偽史を書き加えたのではないか?と推測していますし P.566,卷五,1926年 https://t.co/JWPKIId56O 椿井文書記録 https://t.co/P8SUqpOMFG
藤本孝一先生の興福寺官務牒疏の椿井文書では説の元はP.566,近江栗太郡志卷五,1926年滋賀県栗太郡役所かな? でも「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納せし舊記にて」の出典元がない。 https://t.co/TUtEOtdDBr https://t.co/hieQATa7kT
「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納」『近江栗太郡志』第五巻P.566 https://t.co/TUtEOtdDBr 今井良久議員へ椿井萬次郎達は禁裏へ上がろうと呼び掛け、弾正台で勤務 https://t.co/5CVNb4bDF9 。 新政府側の中の人だった今井氏達には紅葉山文庫を観る機会はあった。では椿井文書か? https://t.co/dYrlV6h2gl
「「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納」『近江栗太郡志』第五巻P.566 https://t.co/TUtEOtdDBr
どの書画が椿井政隆(1770-1837)作で、 水木本元亀起請文の様な政隆蒐集原本で、 木津の業者の作で、 他の業者の作かが判明してないのが問題。 1926年『近江栗太郡志,卷五』滋賀県栗太郡役所も https://t.co/TUtEOtdDBr 中村直勝(1890〜1976)も明治の椿井文書を書いてる https://t.co/Rl8rYTE4jN https://t.co/lhce7Zhd2V
中山久四郎博士お墨付きの『王仁墳廟来朝記』は幕府の系図方が保管と大阪朝日新聞昭和一四年十月十日朝刊はいう。 「「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納」 https://t.co/TUtEOtdDBr 本当なら、内閣文庫にある。 #椿井文書
紅葉山文庫→内閣文庫? https://t.co/TUtEOtdDBr 1895年大阪朝日新聞勤務・前内閣府書記官長高橋健三と内藤湖南博士来村&報道 https://t.co/puRuUTTZZ4 1939年『王仁墳廟来朝記』 ・幕府の系図方が保管 ・中山久四郎東京帝国大学博士の折り紙付きと大阪朝日新聞 https://t.co/oVVJnlm7Vs #椿井文書 https://t.co/LMCjMBzXmw
幕府→内閣府「「王仁墳廟来朝記」……中山久四郎博士が……王仁研究の重要資料として折紙をつけ……昔幕府の系図方が保管してゐたものを」大阪朝日新聞昭和一四年十月十日朝刊 「「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納」 https://t.co/TUtEOtdDBr #椿井文書 https://t.co/kUEe6AvPs0
『椿井文書』中公新書P.191で引用されている様に『近江栗太郡志』第五巻P.566で 大和人椿井某が原本に偽説を加筆したとみられる『興福寺官務牒疏』を江戸幕府の紅葉山文庫へ献納したと書いてるけど、その根拠が記載されてないので解らない #椿井文書 https://t.co/TUtEOtdDBr https://t.co/3Av1kSC4W2
「記入したるものゝ如し」P.566,近江栗太郡志卷五,1926年滋賀県栗太郡役所 #椿井文書 https://t.co/TUtEOtdDBr
「一讀すれば名寺社の來由明にして得難き史料なり然れども熟讀して更に實地に就きて其記する所と對照すれば正鵠なるあり、又事實と反するものあり、全部を信據すべき記録に非ざるを知る、按ずるに正確の原本ありて後に地方人の依頼により故意に僞説を」 #椿井文書 https://t.co/TUtEOtdDBr
「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納せし舊記にて其の奥書に嘉吉元年四月興福寺末派寺社を官務晨勝院家に領知せしめし時の記録といひ、其中に近江國八十五ヶ所の寺社由緒の概要を記す、」 #椿井文書 https://t.co/TUtEOtdDBr https://t.co/7abI1Apurh
「記入したるものゝ如し」P.566,近江栗太郡志卷五,1926年滋賀県栗太郡役所 #椿井文書 https://t.co/TUtEOtdDBr
「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納せし舊記にて其の奥書に嘉吉元年四月興福寺末派寺社を官務晨勝院家に領知せしめし時の記録といひ、其中に近江國八十五ヶ所の寺社由緒の概要を記す、」 #椿井文書 https://t.co/TUtEOtdDBr
大正時代既に玉石混交と言われている。「興福寺官務牒疏は大和人椿井某より紅葉山文庫に獻納せし舊記にて其の奥書に嘉吉元年四月興福寺末派寺社を官務晨勝院家に領知せしめし時の記録といひ、其中に近江國八十五ヶ所の寺社由緒の概要を記す、」 #椿井文書 https://t.co/kOamLQq0wN
「一讀すれば名寺社の來由明にして得難き史料なり然れども熟讀して更に實地に就きて其記する所と對照すれば正鵠なるあり、又事實と反するものあり、全部を信據すべき記録に非ざるを知る、按ずるに正確の原本ありて後に地方人の依頼により故意に僞説を」 #椿井文書 https://t.co/kOamLQq0wN
「記入したるものゝ如し」P.566,近江栗太郡志卷五,1926年滋賀県栗太郡役所 https://t.co/kOamLQq0wN

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