言及状況

Twitter (7 users, 15 posts, 12 favorites)

これは確かにそうで、真木和泉は文久の改革に始まる「公武御一和」に同調しているんですよね。久光らの朝廷への政治参与こそが公武合体だと。また同時に一橋慶喜、松平春嶽の将軍後見職、政事総裁職への就任を高く評価しています。これが文久三年三… https://t.co/td9kGRGM4M
真木日記の七月七日には、秋月悌次郎が出てきています。ここで佐忠の解説が入ります。「前日保臣の寓に来たり、会公の東下を止めん事を論ぜし者なり」とありますが、日記を見返しても前日秋月が来た様子はありません。これは佐忠の推測なのではない… https://t.co/k4pZF3NKWN
『真木和泉守遺文』所収の「文久癸亥日記」には真木和泉の息子真木佐忠による補注があります。こちらもバイアスがかかったものですが、真木が朝命に言及し、こうもころころ変わるのは嘆かわしい、会津を追うのは容易いが、それには薩摩の協力がいる… https://t.co/p2C8h828id
2 2 https://t.co/iZsKR7mr33
1 1 https://t.co/9sgOS7PCAU
『真木和泉守遺文』の万延元年5月10日「密書草案」を読む。真木は、ある国に行き、率兵上京して大坂城や二条城を乗っ取る計画を立てる。だが、これを「先駆的討幕」だと言えるのか?挙兵するからと言って目的は「討幕」とは限らないはず。https://t.co/SpG5vFBowM

収集済み URL リスト