著者
伊藤 嘉規
出版者
富山大学経済学部
雑誌
富山大学紀要.富大経済論集 (ISSN:02863642)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.471-515, 2017-03

勝馬投票券(以下,本稿では「馬券」という)の払戻金に関する所得区分については,最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決(以下,同判決で争われた事案のことを本稿では「大阪事件」という)において,「一応の基準」が示されたはずである。その基準を概略すると,「所得税法上,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であり,一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する本件事実関係の下では,払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく,雑所得に当たる」。「外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有する場合,当たり馬券の購入代金の費用だけでなく,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が,当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ,本件外れ馬券の購入代金は,所得税法37条1項の必要経費にあたる」というものである。その後,同判決を受け,所得税基本通達の改正が行われ,税務当局としては,最高裁の判決の射程が当該事案と「ほぼ類似のもの」のみに及ぶようにと,インターネット,コンピュータの予想ソフト等を利用し,反復・継続的に大量かつ長期にわたって馬券を買い続けて多額の払戻金を得ていた事案に馬券の収入が雑所得とされる範囲を限定しようとした。そのため,その後,紛争が収拾する方向に向かうよりは,類似の判決において判断が分かれる状況になっている。その代表例として,東京地裁平成27年5月14日判決(以下,同判決で争われた事案のことを「札幌事件」という)が挙げられる。その事案は,6年間の馬券の購入代金が約72億円,払戻金が約78億円(約6億円のプラス)というものであり,上記大阪事件最高裁判決の判断枠組み自体は使いながら,馬券の払戻金を一時所得と判断し,外れ馬券を(必要)経費ではないと判示した。このように判決における一種の「ゆらぎ」,すなわち判断枠組みの不明確さ,不安定な状況に関して,札幌事件の控訴審である東京高裁平成28年4月21日判決を検討することで,あるべき方向性を示そうというのが本稿である。その際に馬券の収支が年間でマイナス(「馬券の払戻金額」―「馬券購入代金額」が赤字)であった東京地裁平成28年3月4日判決(以下,同判決で争われた事案のことを「麻布事件」という)も外れ馬券の購入代金の経費性の有無を論じるところで取り上げることにしたい。

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