- 著者
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古川 誠
- 出版者
- 関西大学社会学部
- 雑誌
- 関西大学社会学部紀要 (ISSN:02876817)
- 巻号頁・発行日
- vol.52, no.2, pp.37-64, 2021-03-31
福永武彦の「草の花」は、1930年代の第一高等学校の学生たちを主人公とする小説である。この論文は、その「草の花」で描かれた、男どうしの関係と、それをめぐる登場人物のさまざまな認識、およびその背後にある価値観を分析することが目的である。さらに、そうした認識や価値観が、近代日本における男どうしの関係の変容において、どのような意味をもっているのかを明らかにする。主人公の汐見茂思の下級生藤木忍に対する愛は、永遠のイデアの世界をめざす、精神的な一致と高揚をともなう自己完結的な思いというものであった。それに対し、男どうしの愛=肉体的な欲望への批判や、下級生への執着が同学年集団の結束へ悪影響をもたらすという批判があった。しかし、周囲の大多数はそうした汐見の藤木への愛を許容していた。それは、同性への愛を異性愛へいたる一つの段階とみる見方と、前近代からの硬派的稚児愛文化の延長線上として汐見の愛を理解するものである。しかし、周囲の理解の仕方は汐見のプラトニックな愛の理論とは異なる視点からの理解であった。このような、男どうしの関係をめぐる多様な視点を含んでいることと、伝統的な硬派的稚児愛とは異なる新たな男どうしの関係を主題としたという意味で、「草の花」は、近代日本の少年愛小説の系譜の集大成と位置づけることができる。