著者
石山 晃子
出版者
弘前大学
巻号頁・発行日
pp.1-167, 2014-03-20

本論文は、現在の青森県域に相当する、弘前、八戸、盛岡の各藩領域、すなわち近世北奥地域における造船界の動向を明らかにし、その歴史的意義を論じるものである。序章では、造船史研究の諸問題と本研究の意義や視角を述べる。北奥地域における造船史研究が乏しいことから、本論文では、造船の数量的把握、造船にかかわる物資や人々の存在形態、造船ネットワークの様相など、きわめて重要な問題について追究する。おもな論点として、造船界の動向を顕著に反映する藩船の建造動向、一般商船を中心とする廻船建造の実態、船大工の存在形態、北奥アイヌを含めた一般領民による漁船製作の動向を取り上げる。以上について、筆者があらたに研究対象として提示する史料を含めた、豊富な史資料に依拠しながら多角的に検証し、系統立てて論じる。Ⅰ部では、北奥地域における廻船建造と船大工の動向について扱う。第1章では、とくに17世紀半ばの北奥地域を対象に、各領内諸湊の特長や海上交通との関係から諸廻船の船型や存在概況について分析し、近世廻船の主力である弁才船が普及していく状況などを指摘する。廻米や物資輸送に用いた各藩による藩船建造の事実から、相応の造船界が存在したことがみとめられる。第2章では、弘前藩領における一般商船の建造実態と造船資材の供給システムについて明らかにする。17世紀後半の領内では、全国各地の船頭などによる廻船建造が行なわれ、そのほとんどは1000石積級前後の弁才船べざいせんであり、当該期にはすでに地船としても普及したことを指摘した。領内では効率的な造船システムが確立され、同藩も困窮する日雇い層へ救済措置として他領船頭からの造船受注を進めつつ、同時に移入拡大を企図したことが判明する。第3章では、近世期を通じた弘前藩領における船大工の存在形態や造船技術力について論じる。十三に存在した船大工集団は、藩船のほかに領内外の一般商船の建造も数多く受注する領内最有力の造船技術者であった。ほか青森、小泊など、船大工棟梁もつとめるトップレベルの船大工が存在し、造船需要を支えたものといえる。第4章では、盛岡藩領田名部通(現在の下北半島一帯)および八戸藩領における船大工の動向を中心に、一般商船の建造実態を検証する。南部領における造船場は、八戸および田名部通の有力諸湊で、造船技術力の要は田名部通の有力諸湊や同藩領宮古など閉伊の船大工であり、他領の有力な船大工も参入した。北奥の太平洋沿岸地域に造船ネットワークが形成され、全国海運に供する造船需要の高まりを補ったといえる。Ⅱ部では、北奥地域における漁船製作とアイヌ民族による造船の問題を検討する。第5章では、北奥地域における漁船の製作動向を明らかにする。18世紀北奥地域における漁船の分野では、弘前藩領および八戸藩領では丸木船が主力で、盛岡藩領では地引網漁に用いる「図合船」「三羽船」が多い傾向であることから、それぞれの海況や漁獲対象に相応した漁船が普及したといえる。造船用材の供給、商品としての漁船の流通、修理を含めた受注製作など、その需要を満たすシステムが北奥地域に機能していたとみなすことができる。第6章では、北奥アイヌの造船について、「犾船」呼称についての整理、松前方面アイヌの縄綴船なわとじぶねとの比較検討、津軽領内アイヌの造船動向など、船体構造の面から検証した結果、津軽領内アイヌは、松前方面のアイヌの縄綴船を自らは製作せず、丸木船のほか一般和人領民同様の構造船を求めたことが明らかとなった。終章では、北奥地域造船界の歴史的特質を述べる。同地域には、17世紀中葉から全国各地の廻船商人などが蝟集し、廻船建造を発注していたことから、当該期、造船界の勃興をみることができるものの、領内海運界の興隆には直結しなかった。津軽領および盛岡藩田名部通の有力諸湊の船大工は、他領船大工と拮抗しつつ技術の練磨につとめ、大工集団や大工ネットワークも組織し、近世期を通じて、領内外の造船需要に応ずる基盤として存在し続けた。漁船の主力は、一般和人領民・アイヌともに近世を通じて単材刳船であったが、用材樹種の利用制限が、積載量の増大を実現する「合漁船」への発達を促した。丸木船から発展した「ムタマ造り」は、用材や造船技術の市場が北奥全体に展開されたことにより、同地域に特徴的な構造として定着したものとみなされる。津軽領内アイヌの場合、寛文期の蝦夷蜂起事件を一つの画期として、丸木船と舷側板とを縄で綴じ合わせる形式の縄綴船に拘泥せず、海運活動に資する廻船を指向した点に、その特質がみとめられる。以上の通り、北奥地域においては、領主権力、海商、船大工、一般和人領民、アイヌが、物資や情報、技術などさまざまな資源を相互に供給することにより藩領域を越えた複合的な造船界を形成し、海運や漁撈を支えたものと評価できる。

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