著者
木村 直弘 KIMURA Naohiro
出版者
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター
雑誌
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (ISSN:13472216)
巻号頁・発行日
no.15, pp.131-160, 2016-03

2015年春,再び「世界のTOMITA」がクローズ・アップされた。4月23日から5月30日の約一ヶ月間に世界25カ国から42の芸術団体や104のバンド他が北京を訪れ,室内,野外,合わせて計150ステージが上演される第15回北京国際芸術祭「相約北京」(「北京で会いましょう」の意。中国文化省,国家報道出版ラジオ映画総局,北京市人民政府による共同主催の,春季開催としてはアジア最大級の国際アート・フェスティヴァル)に,冨田勲作曲の《イーハトーヴ交響曲》が,日本から唯一招待されたプログラムとして,5月20日に北京世紀劇院で河合尚市指揮による中国中央音楽院のオーケストラ「EOS交響文献楽団」と岩手県人を中心とした合唱団「混声合唱団IHATOV FRIENDS」およびCGアーティストKAGAYAによって中国初演され,会場を埋めた1700人の聴衆から大好評を博したのである(1)。1974年には米国RCAから発売されたレコード(国内への逆輸入アルバム名『月の光――ドビッシーによるメルヘンの世界』)が日本人によるものとしては初めてグラミー賞にノミネートされ,翌年には次作アルバム『展覧会の絵』がビルボード・キャッシュボックスの全米クラシック・チャートの第一位を獲得して,作曲家冨田勲はシンセサイザー音楽の分野で一躍「世界のTOMITA」となった。さらに冨田は,1980年代には,世界平和の希求をコンセプトに,オーストリアのドナウ川で「宇宙讃歌」(1984年),米国のハドソン川で「地球讃歌」(1986年)と銘打たれた,超立体音響「TOMITA Sound Cloud」による壮大な野外イヴェントを成功させ,また,1998年には日本の伝統楽器,オーケストラ,シンセサイザーを融合させた《源氏物語幻想交響絵巻》をロサンゼルス,ロンドンで上演するなど,世界的に活躍してきた。そして,こうしたこれまでの国際的な活躍に対して,Japan Foundationによる平成27(2015)年度国際交流基金賞が,「~(前略)~近年は宮沢賢治の世界を描いた「イーハトーヴ交響曲」において,全世界の若者たちに絶大な人気を誇るボーカロイド(ヴァーチャル・アイドル・シンガー)の初音ミクをソリストに起用して話題を集め,今年5月には中国政府からの要請で「イーハトーヴ交響曲」北京公演を大成功させるなど,83歳を迎えてなお,日本文化紹介と国際相互理解の増進に大いに貢献し続けている」その「功績を称え,今後益々の活躍を期待」して,2015年8月27日に冨田に授与されている(2)。しかし,冨田が齢80を越えてから再び世界的に注目を集めたこの《イーハトーヴ交響曲》が,ヴァーチャル・アイドル・シンガー「初音ミク」をフィーチャーしてはいるものの,基本的には,同じく世界平和と希求したベートーヴェンの交響曲,特に《第九交響曲》以降,クラシック音楽の王道的ジャンルとなった「交響曲」であることは看過されてはならない。筆者はすでにこの「交響曲」に取材した2本の論考(3)で,宮澤賢治におけるベートーヴェン《第九交響曲》のいわゆる〈歓喜の歌〉からの影響について指摘してきたが,本稿は,いわば《イーハトーヴ交響曲》に関する拙論三部作の締めくくりとして,これまでその意味について言及してこなかった,いわばこの曲の構成原理とも言える音楽引用の問題について考察する。音楽における引用の問題については数多くの先行研究があるが,この交響曲はそうした先行研究の射程では捉えきれない内容をもつ。そこで,本稿では,改めて「ノスタルジア」という視点を設定し,それらが音楽引用という構成原理によっていかにこの交響曲で効果的に機能しているかを捉え直すことによって,この交響曲だけでなく,本家本元の宮澤賢治作品についての新しい視角をも提示することを目的としている。

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