- 著者
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坂本 充
犬伏 和之
重田 遥
中山 絹子
- 出版者
- 低温科学第80巻編集委員会
- 雑誌
- 低温科学 (ISSN:18807593)
- 巻号頁・発行日
- vol.80, pp.577-590, 2022-03-31
第4次尾瀬総合学術調査の一環として,尾瀬ヶ原泥炭土壌の物理化学的性状と植生土壌生態系の窒素・リン動態の調査が尾瀬湿原39地点で行われた(2017年7月~2018年8月).泥炭土壌は水飽和状態に近く,弱酸性で,河川流路に近いヤチヤナギが高密度に分布するバンクホロー複合体の湿原凹地では,土壌の可給態リン量が多く,NO3-量,窒素代謝活性と酸化還元電位,および可給態リン量が水位変化と密に関連していた.下田代の湿原凹地のヤチヤナギ窒素固定活性の調査から,ヤチヤナギの窒素固定量と樹高の間に有意な相関関係が見出された.土壌の窒素・リン量とヤチヤナギの分布パターンとの関係の検討により,河川洪水氾濫水により湿原に運ばれたリンの湿原凹地への沈積が,ヤチヤナギ増殖活発化を招いたと推論された.葉生産から出発し,落葉の分解無機化,土壌中の微生物活動による窒素固定と脱窒,ヤチヤナギの根粒微生物による窒素固定を経て,植物体再生産に至る窒素循環の量的検討により,尾瀬ヶ原の植物土壌システムの窒素収支は,降水に伴う窒素供給を含めると,ほぼ植物葉の生産を賄うことが示された.この窒素収支の検討から,洪水に伴う外部からの窒素負荷増加は,植物生産増加をまねく可能性が示された.今後,河川洪水に伴う窒素・リンの尾瀬ヶ原湿原への供給と流出を含めた尾瀬ヶ原の土壌・植生システムの窒素,リン動態のさらなる詳細な量的調査が必要とされる.