著者
吉川 正人 星野 義延 大橋 春香 大志万 菜々子 長野 祈星
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.491-505, 2022-03-31

尾瀬ヶ原の湿原植生を構成する主要な群落について,構成種の種特性や食痕の確認頻度から,シカの採食圧に対する脆弱性の評価を行った.低層湿原や低木林・河畔林の群落は,シカの採食影響を受けやすい中・大型の広葉草本または低木を多く含み,食痕の確認頻度が高かったのもこれらの生活形をもつ種であった.このことは,低層湿原や低木林・河畔林で過去との種組成の違いが大きいという,既発表研究の結果と合致していた.また,構成種の積算優占度が大きい群落ほど食痕がみられた種数も多く,シカによく利用されていると推定された.これらのことから,尾瀬ヶ原においては低層湿原や低木林・河畔林の群落で保全対策の優先度が高いと判断された.
著者
安井 さち子 河合 久仁子 佐野 舞織 佐藤 顕義 勝田 節子 佐々木 尚子 大沢 夕志 大沢 啓子 牧 貴大
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.453-464, 2022-03-31

尾瀬のコウモリ相を把握するため,2017~2019年の6~10月に,森林での捕獲調査とねぐら探索調査を行った.その結果,2科8属11種132個体が確認され,コキクガシラコウモリ,モリアブラコウモリ,ノレンコウモリが尾瀬で新たに確認された.過去の記録とあわせて,尾瀬で確認されたコウモリ類は2科9属14種になった.森林での捕獲調査で,捕獲地点数・個体数ともに最も多い種はヒメホオヒゲコウモリだった.尾瀬のヒメホオヒゲコウモリの遺伝的特徴を明らかにするため,分子生物学的な分析を行った.遺伝子多様度は0.82583,塩基多様度は0.00219だった.他地域の個体を含めたハプロタイプネットワークでは,複数のグループに分かれなかった.
著者
坂本 充 犬伏 和之 重田 遥 中山 絹子
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.577-590, 2022-03-31

第4次尾瀬総合学術調査の一環として,尾瀬ヶ原泥炭土壌の物理化学的性状と植生土壌生態系の窒素・リン動態の調査が尾瀬湿原39地点で行われた(2017年7月~2018年8月).泥炭土壌は水飽和状態に近く,弱酸性で,河川流路に近いヤチヤナギが高密度に分布するバンクホロー複合体の湿原凹地では,土壌の可給態リン量が多く,NO3-量,窒素代謝活性と酸化還元電位,および可給態リン量が水位変化と密に関連していた.下田代の湿原凹地のヤチヤナギ窒素固定活性の調査から,ヤチヤナギの窒素固定量と樹高の間に有意な相関関係が見出された.土壌の窒素・リン量とヤチヤナギの分布パターンとの関係の検討により,河川洪水氾濫水により湿原に運ばれたリンの湿原凹地への沈積が,ヤチヤナギ増殖活発化を招いたと推論された.葉生産から出発し,落葉の分解無機化,土壌中の微生物活動による窒素固定と脱窒,ヤチヤナギの根粒微生物による窒素固定を経て,植物体再生産に至る窒素循環の量的検討により,尾瀬ヶ原の植物土壌システムの窒素収支は,降水に伴う窒素供給を含めると,ほぼ植物葉の生産を賄うことが示された.この窒素収支の検討から,洪水に伴う外部からの窒素負荷増加は,植物生産増加をまねく可能性が示された.今後,河川洪水に伴う窒素・リンの尾瀬ヶ原湿原への供給と流出を含めた尾瀬ヶ原の土壌・植生システムの窒素,リン動態のさらなる詳細な量的調査が必要とされる.
著者
坂本 充 鈴木 邦雄 岩熊 敏夫
出版者
低温科学第80巻編集委員会
雑誌
低温科学 (ISSN:18807593)
巻号頁・発行日
vol.80, pp.591-601, 2022-03-31

尾瀬ヶ原及びその周辺域の学術調査は第3次が終了してから年月が経過しており,その後本格的な調査が行われていない.そこで2016年12月に第4次尾瀬総合学術調査団を発足させ,検討を重ね,基礎研究に関わる事業と重点研究に関わる事業を2017年度〜2019年度に実施した.尾瀬の調査研究を実施した背景は,温暖化の進行と湿原の劣化の懸念,変化する生物とその環境に関する最新かつ詳細なデータの欠如などがある.基礎研究と重点研究の2つの部会で学術調査を実施し,多くの研究成果を上げることができた.