著者
中丸 禎子
出版者
東京大学大学院ドイツ語ドイツ文学研究会
雑誌
詩・言語 (ISSN:09120041)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.31-52, 2004-09

2003年12月に提出した修士論文の前半である。スウェーデンの作家セルマ・ラーゲルレーヴは、デビュー作『イェスタ・ベルリングのサガ』(1891)において、1820年代の故郷ヴェルムランドを舞台に、善き人間性と美しい自然を民話的な筆致で書いた。論文の第Ⅰ章「作者と作品」では、作者の時代の状況と北欧文学史における位置を紹介し、論考の目的を説明する。これまで同作は、民話調の情景描写や、人間の善意の肯定、自然主義文学から新ロマン主義文学への転換という北欧文学史上の功績を高く評価される一方、「現実逃避」、「過去の美化」といった批判も受けてきた。これに対して、本論文は、同作が、背景としての「近代化」をどのように反映し、なぜ前近代を「美化」しているのかを論じることで、作家像に新たな光をあてるのみならず、スウェーデンの「近代化」のあり方と、それに対して「前近代」が果たした役割を、文学研究の立場から考察する。第Ⅱ章「前近代のヴェルムランド」では、『イェスタ・ベルリングのサガ』において、1820年代のヴェルムランドがどのように語られているかを考察する。この作品には雑多な人物・事物が登場し、美しさと危険、善と悪、強さと弱さといった、「正反対のもの」が混ざり合う。混沌とした、清濁併せ持つその世界のすべては、一貫して肯定的に語られている。この語り口を保証するのが、表題にもある「サガ」である。「サガ(saga)」は、古アイスランド語の動詞segja(言う)を語源とし、口承文芸を意味する。同作は、近代文学でありながら、「サガ」を標榜することで、語り手を批判的主体ではなく、すでにある物語の媒介者として表現し、同時に、一つの空間に語り手と聞き手が集まり、物語を声で伝えていく前近代的な共同性の再現を試みている。『詩・言語』第62号に掲載された「後編」に続く。

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http://t.co/bn7Bx7wVi3 体系だった魔法はファンタジーかSFかという話があったけど、知識(実在架空不問)の光が当たらぬ暗闇をどう解釈記述し、愛を向けるか、がファンタジーとSF違いではないかしらと思ったメモ。 http://t.co/OrtzbvScCb
「前近代の無知は、結核の治療や予防を妨げるだけではなく、行き倒れの病人を看護するという人間らしい行動に対して、誇りを持つことも妨げる。…無知と迷信の克服がどうしても必要であるということを、ラーゲルレーヴは知っていた。」 http://t.co/JZyfcRzfEc 詩・言語61号

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