著者
中丸 禎子
出版者
日本比較文学会
雑誌
比較文学 (ISSN:04408039)
巻号頁・発行日
vol.58, pp.7-23, 2016-03-31 (Released:2018-10-30)

Many studies of mermaids in literature discuss femininity, otherness, and the impossibility of communication between merfolk and human beings. They operate on the assumption that merfolk are mainly mermaids, although there are examples of mermen in many European legends, European literature, and natural history. In this paper, I discuss the transition of merfolk in natural history. In the ancient times, witnesses' accounts of the males Triton and Nereus were introduced. In the Medieval Bestiary, female Sirens were pagan others who seduced men. During the Renaissance, naturalists depicted merfolk with anatomical descriptions and detailed views based on reports of merfolk “mummies" and “bones" from all over the world. People regarded manatees as merfolk and classified both as fish. Carl von Linné created the concept of Mammalia, reclassified manatees into this new group, and removed Sirens from his Systema Naturae. Naturalists in the 18th century thus denied the existence of merfolk. In The Animal Kingdom, George Cuvier wrote that people mistook manatees for mermaids because they have two breasts and feed their young with their own milk. Behind this idea is the modern view of women and family: breastfeeding is the role of the mother, not a wet nurse. Breastfeeding shows the “ideal" maternal instinct or bestiality in female manatees, mermaids, and women, who have the same upper bodies as mermaids. Through its representation of mermaids, natural history underlined the commonality of manatees as beasts and human females and gave the “scientific" endorsement of mermaids' otherness, inability to communicate verbally, and “femininity."
著者
中丸 禎子
出版者
東京大学大学院ドイツ語ドイツ文学研究会
雑誌
詩・言語 (ISSN:09120041)
巻号頁・発行日
vol.70, pp.27-46, 2009-03-24

ラーゲルレーヴは、スウェーデンや日本においては、民話の語りを髣髴とさせる内容・文体から、「お話おばさん」(se: sagotante; de: Märchentante)として親しまれ、母性的な平和主義者として知られる。これに対して、ドイツでは、民話・農民・郷土・大地などを繰り返しテーマ化したことから、「郷土芸術運動」および「血と大地思想」によって積極的に受容され、後のナチズム思想形成の一端を担った。本論文では、ラーゲルレーヴ『エルサレム』における他者支配のあり方を、男性性・女性性のあり方と重ね合わせて論じることで、ラーゲルレーヴとナチズムとの共通点・相違点を考察する。同作では、富農一家の跡取りである主人公のアイデンティティの完成が、「父から子への名前(血)の継承」という構造および「農耕」のモチーフと強く結びついている。「農民」という人物像は、一見、原初的で無垢な人間性を表すようで、その実、「大地」を「農地」化するという、文明の持つ「暴力」の根源形態を体現する。作品内でそれは、「男性性」による「女性性」の「接収」という性暴力として描かれる。導入部では、主人公の父である農夫が、子殺しをした妻を赦し、彼女を自身の良き妻・子どもたちの良き母とする。子殺しをする女性は、生と死の両方を司る「大地母神」を連想させるが、ここでは、農夫が「荒地」を人間に恵みをもたらす「農地」に変えることと、「大地母神」が馴化され、農夫に跡取りをもたらす良妻となることがパラレルである。本編においては、宗教運動に反対して故郷に留まる主人公イングマルが健康な男性として、エルサレムに移住する姉カーリンが病気の女性として、対比的に描かれている。スウェーデンにおいて、同作は、「倫理的英雄としての農民像」を打ち立てた作品とされる(エードストレーム、2002)。主人公のアイデンティティの完成は、彼が数々の倫理的行為により、「大地」を獲得し、名前(血統)を継承することで示される。これに対して、カーリンは、エルサレムに移住することでダーラナの「大地」を追われるのみならず、随所で、「麻痺した女性」として描かれる。19世紀・20世紀のヨーロッパ文学では、しばしば、女性の障碍(特に脚部麻痺)が、その家への隷従の比喩として描かれた(キース、2001)。ラーゲルレーヴは、自身(実際に左足に軽い障碍があった)のことも、繰り返し障碍者あるいは病人として描いている。スウェーデンにおいて、彼女は、フェミニストとして知られるが、作品には、脚部障碍によって女性の家への隷従が象徴され、更に、その「女性性」が男性によって「克服」されるという、二重の「女性支配」の構造を見てとることができる。 一方、作品における「障碍」や「死」は、現実世界の常識や人智を超えたものとしても表象される。作家の自伝『モールバッカ』には、歩けない「セルマ」が脚のない「楽園の鳥」を見るために立って歩く場面がある。ここでは、脚部障碍が、逆説的に、この世から楽園への越境能力として描かれている。カーリンを最終的には死に至らしめる「病」もまた、彼女が目指す「唯一真のキリスト教」に至る道であり得る。「女性」に付与された「病」や「死」をはじめとする「ネガティヴなもの」は、ラーゲルレーヴ作品に、現世的な価値や枠組みを超えていく可能性を与えてもいる。
著者
中丸 禎子
出版者
バルト・スカンディナヴィア研究会
雑誌
北欧史研究 (ISSN:02866331)
巻号頁・発行日
no.24, pp.96-108, 2007-08

ラーゲルレーヴ『エルサレム』(1901-02)は、スウェーデン・ダーラナ地方の農民37人が、信仰上の理由からエルサレムに移住するという、実際に起こった出来事に取材した長編小説である。本論では、『エルサレム』における太陽の描写と、カミュ『異邦人』(1942)におけるそれを比較し、サイード『文化と帝国主義』(1993)における植民地文学論・オリエンタリズム論・他者論と照らし合わせる。サイードは、植民地を舞台としたヨーロッパ文学において、登場人物のアイデンティティの完成が、同地の自然との「一体化」とパラレルであることを指摘する。本論では、『エルサレム』における「他者」としての太陽が、登場人物のアイデンティティの完成に伴って、ヨーロッパの文脈に組み込まれるプロセスを確認する。 まず、『エルサレム』と『異邦人』の共通点を指摘し、比較の意義を説明する。『エルサレム』では、若い女性グンヒルドが炎天下を歩き続けることで自殺するが、この場面と、『異邦人』で主人公ムルソーがアラブ人を殺害する場面には、異国(中東あるいはアフリカ)の太陽が、人物から理性と生命を奪う「野蛮」な「他者」として描かれているという共通点がある。このような敵対性・異質性・他者性は、「恵みの象徴」や「正義の光」といった北欧における太陽のイメージとは対照的である。次いで、ムルソーの死とアイデンティティの完成の関係を考察する。彼は、太陽に理性と思考能力を奪われた野蛮状態においてアラブ人を殺害し、その結果として死刑判決を受ける。これは、暴力的な太陽=植民地の自然との一体化であり、アイデンティティの完成である。一方、ムルソーとグンヒルドの相違点は、前者が孤独な「異邦人」であるのに対し、後者は、ダーラナからのエルサレム移民団という家族的共同体の一員だということである。死によって中断したグンヒルドのアイデンティティ完成は、副主人公イェルトルードに受け継がれる。このことは、作品の「予型論」的構成からも明らかである。イェルトルードは、熱病=太陽が身体にもたらす死から回復し、グンヒルドの元恋人と結婚する。彼女の回復と恋愛・結婚に際して、太陽は、北欧的な「命と恵みの象徴」として機能する。ここに、グンヒルドとイェルトルード双方の、一女性としてのアイデンティティの完成と、太陽が身体にもたらす死の「克服」が見られる。 一方、太陽が精神にもたらす死=「狂気」の克服は、イェルトルードの「預言者」としてのアイデンティティ完成によって成される。彼女の「狂気」は、他の登場人物からは「事実を認識する能力の欠陥」とみなされるが、物語の中で彼女の言葉はすべて実現し、作品全体として、「狂気」は、「理性や人智を超えた、真実に触れる能力」として描かれる。彼女が預言者としてのアイデンティティを完成させることで、太陽は再び正義と真実の光になる。『エルサレム』においては、運命の引き継ぎと預言という前近代的な文脈において、自己実現という近代のテーマが語られることで、「敵対的」な「他者」であった中東の太陽が、ヨーロッパの文脈に組み込まれるのである。
著者
中丸 禎子
出版者
北ヨーロッパ学会
雑誌
北ヨーロッパ研究 (ISSN:18802834)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.51-60, 2009

現在の日本において、北欧には「理想的・牧歌的な福祉国家」、ラーゲルレーヴには、そのイメージに合致する「母性的な平和主義者」というステレオタイプ・イメージがある。<改行>本論文では、このようなイメージの起源を明らかにすることを目的に、ラーゲルレーヴの邦訳作品の傾向・翻訳者の関心のあり方と日本史・日本文学史上の立場を関係付けながら、明治から戦後までの日本における北欧文学の受容史を概説する。<改行>まず、1905年にラーゲルレーヴを日本で初めて翻訳した小山内薫と、1908年に訳した森鷗外の当時の接点として、新劇運動に着目する。同運動においては、日本の近代化・西欧化の一環として、イプセンなどの北欧演劇が最新のヨーロッパ演劇として紹介された。<改行>第二に、1920年前後に児童文学作品が翻訳されていることと、その訳者の多くが〈青鞜〉と関わっていたことから、大正期の女性解放運動・児童教育運動に着目する。ここには、平塚らいてうが理論的なよりどころとした、スウェーデンの女性解放運動家・教育学者のエレン・ケイの影響を見て取ることができる。<改行>第三に、「キリスト教文学」として訳された作品が多いことに着目する。ラーゲルレーヴを複数冊訳した人物には、無教会グループのメンバーをはじめとするキリスト教徒が多い。この背景には、内村鑑三のデンマーク受容があることが推察される。彼らは反戦運動の中で、ラーゲルレーヴを平和主義者として理想化した。<改行>最後に、日本において初めて包括的・体系的に北欧文学を受容した山室静に着目する。山室は、戦前にマルクス主義運動に身を投じたが転向し、戦後、雑誌〈近代文学〉を創刊した。山室は西欧や日本の「近代」を疑問視する立場から、近代北欧文学を受容したが、その際に、ラーゲルレーヴを「近代的」ではないと捉え、「牧歌的な児童文学作家」へと局限した。<改行>これらの例からは、北欧が、最初は「欧米」の一部でありすぐれた近代化モデルとして、次いで、受容者たちが抱いた日本の近代化のあり方への疑問から、西欧やアメリカとは別の近代化モデルとして受容され、理想化されたこと、そのことが現在の理想化・牧歌化の一因であったことがうかがえる。
著者
中丸 禎子
出版者
東京大学大学院ドイツ語ドイツ文学研究会
雑誌
詩・言語 (ISSN:09120041)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.31-52, 2004-09

2003年12月に提出した修士論文の前半である。スウェーデンの作家セルマ・ラーゲルレーヴは、デビュー作『イェスタ・ベルリングのサガ』(1891)において、1820年代の故郷ヴェルムランドを舞台に、善き人間性と美しい自然を民話的な筆致で書いた。論文の第Ⅰ章「作者と作品」では、作者の時代の状況と北欧文学史における位置を紹介し、論考の目的を説明する。これまで同作は、民話調の情景描写や、人間の善意の肯定、自然主義文学から新ロマン主義文学への転換という北欧文学史上の功績を高く評価される一方、「現実逃避」、「過去の美化」といった批判も受けてきた。これに対して、本論文は、同作が、背景としての「近代化」をどのように反映し、なぜ前近代を「美化」しているのかを論じることで、作家像に新たな光をあてるのみならず、スウェーデンの「近代化」のあり方と、それに対して「前近代」が果たした役割を、文学研究の立場から考察する。第Ⅱ章「前近代のヴェルムランド」では、『イェスタ・ベルリングのサガ』において、1820年代のヴェルムランドがどのように語られているかを考察する。この作品には雑多な人物・事物が登場し、美しさと危険、善と悪、強さと弱さといった、「正反対のもの」が混ざり合う。混沌とした、清濁併せ持つその世界のすべては、一貫して肯定的に語られている。この語り口を保証するのが、表題にもある「サガ」である。「サガ(saga)」は、古アイスランド語の動詞segja(言う)を語源とし、口承文芸を意味する。同作は、近代文学でありながら、「サガ」を標榜することで、語り手を批判的主体ではなく、すでにある物語の媒介者として表現し、同時に、一つの空間に語り手と聞き手が集まり、物語を声で伝えていく前近代的な共同性の再現を試みている。『詩・言語』第62号に掲載された「後編」に続く。
著者
中丸 禎子 川島 隆 加藤 敦子 田中 琢三 兼岡 理恵 中島 亜紀 秋草 俊一郎
出版者
東京理科大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

言語・時代の枠組みを超えた文学の超領域的研究と、教養教育・社会人教育における研究成果の還元モデルの確立を目的に、各研究者がアンデルセン『人魚姫』に内包される諸テーマを緩やかに共有した。個々の研究者が「人魚姫」「世界文学」「教養教育」などのテーマで成果を発表した。また、ブース発表「「人魚」文学を扱う授業の実践報告―多言語文学間の共同研究と教養教育への還元モデル」、シンポジウム「異界との交流」、シンポジウム「高畑勲の《世界》と《日本》」(映画監督・高畑勲氏を招聘)において、共同・連名で成果を発表した。
著者
中丸 禎子
出版者
東京大学大学院ドイツ語ドイツ文学研究会
雑誌
詩・言語 (ISSN:09120041)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.31-52, 2004-09

2003年12月に提出した修士論文の前半である。スウェーデンの作家セルマ・ラーゲルレーヴは、デビュー作『イェスタ・ベルリングのサガ』(1891)において、1820年代の故郷ヴェルムランドを舞台に、善き人間性と美しい自然を民話的な筆致で書いた。論文の第Ⅰ章「作者と作品」では、作者の時代の状況と北欧文学史における位置を紹介し、論考の目的を説明する。これまで同作は、民話調の情景描写や、人間の善意の肯定、自然主義文学から新ロマン主義文学への転換という北欧文学史上の功績を高く評価される一方、「現実逃避」、「過去の美化」といった批判も受けてきた。これに対して、本論文は、同作が、背景としての「近代化」をどのように反映し、なぜ前近代を「美化」しているのかを論じることで、作家像に新たな光をあてるのみならず、スウェーデンの「近代化」のあり方と、それに対して「前近代」が果たした役割を、文学研究の立場から考察する。第Ⅱ章「前近代のヴェルムランド」では、『イェスタ・ベルリングのサガ』において、1820年代のヴェルムランドがどのように語られているかを考察する。この作品には雑多な人物・事物が登場し、美しさと危険、善と悪、強さと弱さといった、「正反対のもの」が混ざり合う。混沌とした、清濁併せ持つその世界のすべては、一貫して肯定的に語られている。この語り口を保証するのが、表題にもある「サガ」である。「サガ(saga)」は、古アイスランド語の動詞segja(言う)を語源とし、口承文芸を意味する。同作は、近代文学でありながら、「サガ」を標榜することで、語り手を批判的主体ではなく、すでにある物語の媒介者として表現し、同時に、一つの空間に語り手と聞き手が集まり、物語を声で伝えていく前近代的な共同性の再現を試みている。『詩・言語』第62号に掲載された「後編」に続く。
著者
中丸 禎子
出版者
一橋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2010

2010年度は、これまでの研究を発表し、今後の研究の方向性をより具体的に定める準備を行った。前半は、主に、これまでの研究成果の発表に努めた。「セルマ・ラーゲルレーヴ『エルサレム』の「周縁」性」では、これまでの研究の軸となる概念「周縁性」を総括すると同時に、新たな分析対象『キリスト伝説集』におけるユダの身体的特徴を分析し、「ユダヤ人」の表象研究の開始点とした。後半は、ラーゲルレーヴ『ボルトガリエンの皇帝』を軸に、「狂人」に関する口頭発表および依頼原稿の執筆を行った。この研究では、「狂人」を「脚部障碍」と関連付けて論じることはできなかったものの、北欧文化の重要な背景であるキリスト教と太陽信仰の混在したあり方を、一般読者に理解できる形で、かつ批判的に論じることができた。本研究計画の課題は、「脚部障碍」と関連付けた各テーマがそれぞれ広がりを持つため、必要な情報・資料が膨大で、論が煩雑になる恐れがあることであった。2011年2月・3月は、ドイツおよびスウェーデンに渡航し、研究計画書のドイツ語訳・スウェーデン語訳をもとに、外国人研究者らとディスカッションを行い、今後の研究に関する具体的な助言や、資料の情報提供を受けた。また、非公式ではあるが、論文のスウェーデンでの出版に関する可能性を提示された。更に、これまでの研究成果「日本における北欧受容」に関して、スウェーデン語で口頭発表を行った。この発表では、日本人研究者として、スウェーデン人研究者に対して、ラーゲルレーヴや北欧文学の新しい見方を示すことができたのみならず、日本近代史に対する興味を喚起することにも成功した。