著者
梶原 三恵子
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 = The Zinbun Gakuhō : Journal of Humanities (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.109, pp.33-102, 2016-07-30

前六-五世紀のインドでは, 当時主流であったヴェーダの宗教思想に, 秘儀的祭式の創出や輪廻思想の発達などの革新的展開が生じ, さらに仏教など新興の思想勢力も現れた。本稿は, 古代インドにおけるヴェーダの宗教と初期の仏教の接点を, ウパニシャッド文献および初期仏典にみられる入門・受戒儀礼の比較を通して論じる。ヴェーダの宗教における入門儀礼は, 初期ヴェーダ文献『アタルヴァヴェーダ』(前十世紀頃) 以降連続的に発達し, 後期ヴェーダ文献のグリヒヤスートラ群(前三世紀頃) にて儀礼形式が完成する。ただし, 中期ヴェーダ文献のウパニシャッド群(前六-五世紀頃) には, 通常の入門儀礼とは意義と形式をやや異にする独特の入門儀礼が現れる。すでに入門儀礼を経てヴェーダ学習を終えたバラモン学匠たちが, 当時創出されつつあった秘儀的な祭式や思弁を学ぶために師を探訪し, 通常の入門とは異なる簡素な儀礼を行い, 改めて入門するというものである。いっぽう仏教における入門儀礼は, 一般には戒律を受けて僧団に加入する受戒儀礼をさすが, 本稿では組織的な受戒儀礼が成立する前に行われていたであろう仏陀その人への直接の入門の儀礼を扱う。初期仏典にみられる仏陀への入門の場面は, ウパニシャッドにみられるバラモン学匠たちの入門場面と, 語りの枠組みも入門儀礼の形式も顕著な相似を示す。そのかたわら, グリヒヤスートラが規定するヴェーダ入門式との類似を特には示さない。仏陀の在世年代がウパニシャッドの成立時期と重なることを考慮すると, 後に初期仏典が編纂された際に, ウパニシャッド時代の知識人たちの間で行われていた入門の形式が, 当時の知識人の一人であった仏陀とその弟子たちの間でも行われたように伝えられ, あるいは想像されて, 説話の枠組みに取り入れられた可能性がある。

言及状況

外部データベース (DOI)

Twitter (3 users, 3 posts, 1 favorites)

収集済み URL リスト