- 著者
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小西 瑞恵
コニシ ミズエ
Mizue KONISHI
- 雑誌
- 大阪樟蔭女子大学研究紀要
- 巻号頁・発行日
- vol.1, pp.3-14, 2011-01-31
中世の大阪地域で活躍した武士団の実像を、河内水走氏と摂津渡辺党・渡辺氏について実証した。中世後期の武士団を検討するという第一の課題については、畿内型武士団としての水走氏や渡辺氏が、南北朝時代には南朝方や北朝方に帰属しながら、室町時代には幕府の守護領国体制に組み込まれていく過程を、あきらかにできた。水走氏と渡辺党を比較するという第二の課題については、畿内型武士団としての特徴に基本的な相違はないが、水走氏は枚岡神社の祀官として江戸時代も中河内の名族としての地位を保ち、渡辺氏は豊臣秀吉の大坂城が築かれた頃、渡辺の地を離れて奈良に去るという違いについて、地域の歴史の違いとして検討を加えた。中世の国家機構を構成する朝廷・官衙や権門寺社と幕府に奉仕したのが、畿内型武士団としての水走氏や渡辺党であった。水走氏や渡辺氏が水軍・武士団として交通や流通機能を担ったことが、中世を通じて活躍した独自の強さの理由であり、また、近世に武士身分として生き残れなかった理由でもある。