著者
柴田 奈美
出版者
岡山県立大学短期大学部
雑誌
岡山県立大学短期大学部研究紀要 (ISSN:13404687)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.(13)-(23), 2002-03-31

赤木格堂が正岡子規に認められ、子規の生前中に活躍した時期は、明治三十二年から同三十五年の前半までで、非常に短い。しかし、この短期間のうちに才能を認められ、「日本附録週報」の代選まで任せられる程の信用を得た。のちに、「ホトトギス」や「俳星」、「渋柿」といった俳誌にかかわっていく格堂であるが、この一年半という短いながらも親しく深い子規との交流が、他の「ホトトギス」の俳人に認められていたからこそ、そのことが可能になったのである。

言及状況

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…他の人への葉書に類似文面(元ネタ?)がありました。明治33年6月に子規が赤木格堂へ送った葉書です。ただ國力という雑誌名や学校学科という単語が出品葉書からは削られています。 https://t.co/SwBfpZI4ds https://t.co/K4p8u7q4To
子規の年若い歌人同人、赤木格堂の年表。政治家関連の実家のゴタゴタの事情を子規に言えず、子規とギクシャクしたまま実家に戻り、子規の臨終に居られなかったことを嘆き左千夫らに恨みごとをぶつける格堂くん、、5ページあたりから可哀想…切な! https://t.co/8CBeELGybj

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