- 著者
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津上 智実
Motomi TSUGAMI
- 雑誌
- 女性学評論 = Women's Studies Forum
- 巻号頁・発行日
- no.35, pp.39-63, 2021-03-20
ソプラノ歌手の永井郁子(1893〜1983)が展開した邦語歌唱運動(1925〜1941)において、レート白粉本舗平尾賛平商店とタイアップして行った1929年秋の演奏旅行は一際異彩を放っている。その実態を明らかにすると共に、その社会的な意味を考えることが本稿の目的である。調査の結果、9月下旬から東京(4回)、横浜、大阪(4回)、神戸、京都の計11回、11月中旬に奈良、和歌山、岡山、高松(2回)、松山、広島、福岡(3回)、熊本、大分の計12回、と合わせて少なくとも23回の独唱会を実施し、どの会場も大入りであったことが明らかになった。これは新化粧水「レートソプラ」の発売記念行事として行われたもので、「お耳にソプラノお手にはソプラ」のキャッチフレーズも用いられた。新聞広告を多用しながら、各地の化粧品店とレート会の顧客のネットワークを通じて全国展開したものと理解される。化粧品会社による冠コンサートが日本で盛んになるのは戦後の1970年代であり、1929年という突出して早い時期に行われた平尾賛平商店によるこれら一連の独唱会は、極めて先駆的な例と位置づけられる。