著者
山岸 常人
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.161-193, 1992-12-25

本稿は、中世の寺院において本堂或はその他の仏堂の中に何らかの意図をもって納め置かれた文書―仏堂納置文書と呼ぶことにする―をとりあげ、その納置の状態・納置文書の種類や機能・蔵に納置された文書との関係等について、主として栄山寺・高野山・金剛寺等の納置の事例をたどりながら、寺院内部における文書の安定的な保管についての原理と現実について考察を加える。文書納置には様々な種類の仏堂が使われているが、中でも御影堂・本堂、とりわけ御影堂が特に史料的に豊富な情報を残しており、御影堂が多くの寺に共通して重用されていた。多数の文書が仏堂に納置された要因は、併存する複数の僧侶集団、さらには寺外の諸権門との間での様々な権利が対立する際、権利を保障する支証となる文書の所在とその確かな伝領を実現するためにふさわしい機能を仏堂がもっていた点にある。寺の開祖や宗祖を祀る御影堂が特に選ばれているのは、世俗の諸権力より上位の権力に文書の保管を委ねたと見ることができる。ただしこのシステムは架空の上位権力の存在を想定して成立している擬制とも言えるものであった。このことは笠松宏至氏の言う「仏物」誤用禁止の法理とも共通する理念であるが、その法理の裏では、高野山の御手印縁起等の奉納状や十聴衆評定で定められた出納手続、或は文書の書面上に御影堂納置文書である旨を示す文言を加筆すること等、実態を伴った管理制度の完備によって初めて保管の実効性が保証されていた。更には金堂には下書を、御影堂には正文を置くような危険を分散する方式も編み出されて、それを補完したはずである。即ち理念や擬制だけで現実の利害や権力に対抗しきれるものではなかった。なお仏堂に納置される文書は公験・荘園文書など寺家の権利に直接関わるものに主として限られ、法会文書などは納められず、また年貢なども別の収納施設に納められ、寺内の収納施設は目的により俊別されていた。仏堂に文書を納置することは正に中世寺院の組織構造を直接に反映した現象であった。

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