著者
義江 明子
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.152, pp.49-77, 2009-03-31

金石文に立脚した記紀批判・王統譜研究を前進させるためには,氏族系譜の系譜意識を視野にいれ,かつ,刻銘の素材にこめられた観念と銘文を総合的に考察する必要がある。そこで,最古の氏族系譜である稲荷山鉄剣銘に焦点をあて,鉄剣に系譜を刻む意味を,銘文構成上重要な位置にあると推定される「上祖」の観念とその歴史的変化に注目して分析し,以下の四点を明かにした。①上祖は「始祖」とは異質の祖先表記で,七世紀末以前の地位継承次第タイプの系譜冒頭に据えられた祖である。「上祖」が「始祖」表記に移行するのは書紀編纂の頃である。②銘文刀剣を「下賜」という上下の論理のみで読み解くことには疑問がある。稲荷山鉄剣銘文は,王統譜接合以前の,「上祖」を権威の淵源とする原ウヂの側の自生的な系譜伝承世界をうかがわせる貴重な資料である。③七支刀の象嵌界線に顕著なように,刀剣の形状・呪力と刻銘内容は一体不可分である。鉄剣の鎬上に系譜を刻む行為には,霊剣の切先に天の威力を看取する神話,後世の竪系図の中央人名上直線との類比からみて,重要な信仰上の意味がある。④稲荷山鉄剣系譜を神話的系譜観の観点から考察すると,「地名+尊称」の類型的族長名をつらねた部分は,ウヂ相互の同時代における現実の同盟関係(ヨコの広がり)をタテの祖名連称(ウヂの歴史)に置き換えたものと推定される。これは,祖父―父―子という時系列血統観による父系系譜とは,全く異質の系譜観である。ここから,首長層の共有する観念世界をとりこみつつ,それを超越するものとして王統譜が形成され,七世紀末~八世紀初にかけて時系列直系血統観への転換がはかられることを見通し的に述べ,あわせて,歴史認識における〈始まり〉の設定,系図を通して過去と向き合う〈姿勢〉についてもふれた。

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