著者
木下 光生
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.169, pp.271-290, 2011-11-30

本稿は、日本の賤民と百姓が一八世紀後半~一九世紀以降、自他の身分を強く意識し出す状況を素材として、共同研究の全体テーマ「身体と人格をめぐる言説と実践」を、日本近世史研究において問うことの意義を考えるものである。本テーマは、これまでの近世史研究ではほとんど意識されてこなかったが、その問いを、自己の「客観的な実態」(身体)と「自己認識」(人格)の間に生ずるズレやせめぎ合いをめぐる問題に置き換えてみれば、近世史研究で残されている課題、とりわけ賤民と百姓の自他認識論として議論することが可能となる。そしてそうした視点にたつと、一八世紀後半~一九世紀という時代のもつ重要性が鮮やかに映し出されることとなる。通常、右の時代は、民衆の力によって身分(制)社会が「動揺」「崩壊(解体)」する時代として描かれがちである。だが、当該期の賤民や百姓が邁進した地位向上運動をつぶさに見てみると、当時の民衆が「身分」を相対化しようとしていたどころか、むしろそれにこだわりまくり、身分を拠り所にした自己表明を、運動によって公言して憚らない人びとであった点に気づかされる。しかもそれらの運動は、いずれも、他身分・他賤民との「平等」ではなく、「差別化」を図ろうとするものばかりであり、それに邁進すればするほど、本来複雑な実態をもつ「客観的な自己」と「自分が自覚する自己」をひたすら乖離・分裂させるものであった。こうした動向を、単に「限界」視するのは無意味であり、人びとが「身分」に寄り添おうとした切実な思いに、もっと肉迫し得るような発想と時代認識をもたなければならない。加えて、他者との「差別化」を孕むような地位向上運動は、近現代日本社会でも確認できる。その意味で、「身体と人格をめぐる言説と実践」という問いかけは、「前近代/近代」という既存の時間認識を相対化する可能性も秘めている。

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