著者
長島 要一
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要
巻号頁・発行日
vol.28, pp.323-376, 2004-01-31

一八四六年八月に浦賀沖に達したビレ提督指揮下のガラテア号の出現が興味深いのは、1.それがとにもかくにも日本―デンマーク文化交流史の第一ページを飾る出来事であり、『故事類苑』外交部にも記事が載っていること、2. デンマークの国旗が史上初めて日本人の目にとまり、両国がお互いの存在を短時間とはいえ認めあったこと、3.デンマーク側の訪問が文字どおりの即興であり、十七世紀半ばのデンマーク東インド会社による二度にわたった日本進出計画挫折の時と同様、またしても情報不足、準備不足で日本を訪問したこと、にもかかわらず、4.上海から浦賀沖に至る航路途上の測量を、クルーゼンシュテルンおよびシーボルトの成果を比較しつつ行っている点、同様に、5.日本と日本人に関する観察を、これも先行文献の記述を対照しながら行い、私見を述べている点に興味をひかれるからである。ビレ提督の日本印象記は、デンマークの教科書中に散見されていた日本関係記事と、クルーゼンシュテルンの『世界周航記』デンマーク語版をのぞけば、日本を訪れたデンマーク人によって書かれた日本論の嚆矢であった。この印象記は、それまでの先行文献からの広い意味での「引用」に過ぎなかったデンマークの日本観が、ほんの短時間にしろ日本の国土と日本人に接し、その印象と評価を書き記した広義の「翻訳(誤訳)」へと質的変換をとげた画期的事件となったのである。以後のデンマーク人による日本記事は、直接に引用してあるかはともかくとして、ビレ提督の日本印象記抜きに語られることはなかった。

言及状況

Twitter (4 users, 6 posts, 3 favorites)

3 3 https://t.co/dFR7IJO5To
2 2 https://t.co/G5xi5wvmE3
長島要一氏の論文には田原藩(渡辺崋山の出身藩)の人が描いた、デンマーク船ガラテア号の絵が掲載されていて興味深い(下記リンクからPDF)。長島氏には、「初期日本・デンマーク文化交流史についての覚書」(『日本歴史』479)という論文も。 https://t.co/1UZXKTakbI

収集済み URL リスト