著者
高橋 正樹
出版者
新潟国際情報大学国際学部
雑誌
新潟国際情報大学国際学部紀要 (ISSN:21895864)
巻号頁・発行日
vol.1, no.創刊号, pp.117-133, 2016-04-28

西欧植民地主義勢力は周辺国の植民地化がコスト高だと判断した場合、その主権国家化を支援した。ただし、そのような国家形成は、植民地化された国と同様にその周辺国の国家と社会との亀裂を内在化させた。タイの国家形成史はまさにこのケースに当てはまる。タイは、19世紀中期から20世紀初頭まで、英仏がバンコク王朝の宗主権を侵食しつつビルマ、マレー、インドシナを植民地化し、他方でバンコク王朝はその結果、領域主権国家としての境界を画定していった。その結果、タイ国家はとくにイギリスの支援を受けながら主権国家としての国家機構を構築した。この過程で他の政治勢力に対して圧倒的な力をもつ国家エリートがバンコクを中心に構築される一方で、地方エリート勢力は解体され、また地方エリートと民衆の関係が解体していった。さらに、1930年代から40年代にかけて、新興の国家官僚層は、英仏植民地主義体制が不安定化すると、南進政策をとる日本に接近し、領域主権国家としての強化を試みた。

言及状況

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英仏植民地主義及び日本の南進政策とタイの領域主権国家化 髙橋正樹 https://t.co/yx9I6vefKc P.2 結論を先取りして言えば、タイが他の植民地支配を経験した途上国と同様の異質で不平等な国家構造をもった歴史的背景は、イギリスによってタイ経済が植民地主義的な国際経済に統合され、バンコク王朝が

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