- 著者
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平山 令二
- 出版者
- 中央大学人文科学研究所
- 雑誌
- 人文研紀要 (ISSN:02873877)
- 巻号頁・発行日
- vol.101, pp.353-378, 2022-09-30
1879年11月にベルリン大学教授ハインリヒ・フォン・トライチュケが発表した論文「我々の展望」は,「ユダヤ人は我々の不幸だ」という言葉に象徴されるあからさまな反ユダヤ主義的姿勢により,ベルリンを中心として大きな論争を巻き起こした。当然ながら,多くのユダヤ人学者やジャーナリストがトライチュケの論文に激しい批判を浴びせた。とりわけトライチュケがユダヤ人の「傲慢さ」の象徴として批判した『ユダヤ史』の著者ハインリヒ・グレーツはトライチュケの論文に反発し,トライチュケによる歴史的事実の意図的な誤認と彼の反ユダヤ主義的な歴史観の両面にわたり厳しく批判した。これに対して,歴史家としてのプライドを傷つけられたトライチュケも激しい反論を行った。反論のなかでトライチュケは,グレーツとの論争が反ユダヤ主義論争の核心にあるものを示している,と書いている。ベルリン反ユダヤ主義論争のもっとも重要な論争であるトライチュケとグレーツというふたりの歴史家の主張を紹介したい。