著者
岩橋 清美
出版者
公益財団法人 日本極地研究振興会
雑誌
極地 = POLAR NEWS (ISSN:00236004)
巻号頁・発行日
no.106, pp.16-21, 2018-03-01

明和7 年7 月28 日(1770 年9 月17 日)20 時を過ぎた頃,日本のあちこちで突然,北の空が赤くなり始め,時間の経過とともにその赤みは増して空一面を覆った。この日,突如,夜空に出現した「赤気」は北海道から九州にいたる各地で観測された。赤気はこれまで見たこともない天変地異として,公家や武家から庶民にいたるまでの多くの人々によって記録され後世に伝えられた。この不思議な現象の正体こそが低緯度オーロラだったのである。しかし,日本において夜空を不気味に赤く染めるオーロラが見えたのはこれが初めてのことではない。歴史を紐解けば,飛鳥時代にまで遡ることができる。『日本書紀』によれば,推古28 年12 月1 日(620 年12 月30 日),雉の尾のような「赤気」が現れたとある。この記述は『日本書紀』に記された最初の天文現象であり,あの厩戸王(聖徳太子)も見ていたかも知れないのである。神田茂氏が編纂した『日本天文史料』によれば,古代・中世においても,たびたびオーロラが現れていたことがわかるが,ここでは,江戸時代に注目して当時の人々がどのようにオーロラを認識していたのかを紹介してみたい。江戸時代を取りあげたのは,それ以前の社会に比べて,文字を読み書きする人々が増加し,多くの記録が残されているからである。これらの記述は書き手の社会的立場や教養・知識などを反映してユニークなものが多いところに特色がある。そして,なによりも特筆すべきことは,絵が残っていることである。絵画史料と文字史料を組み合わせながら,江戸時代のオーロラを紹介してみたい。