- 著者
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土屋 純一
城戸 久
- 出版者
- 一般社団法人 日本建築学会
- 雑誌
- 建築學會論文集 (ISSN:03871169)
- 巻号頁・発行日
- vol.9, pp.213-222, 1938 (Released:2017-12-04)
近江彦根城の沿革を考究し、城郭規模の特異點を指摘し、構造外觀の現状を考察し重視すべき點を論述し、建設年代を檢討して我國城郭建築史上の位置に就て述べた。即ち築城の最初は慶長8年佐和山城を現在地に移城せるものであり、後元和8年に到つて規模完備するを得たるを考察し,その繩張は全般的に平山城であるが、なほ山城としての郭配置の形態を多分に保有する點に注意すべきを述べた。天守は3層3重にして附櫓及多門櫓を附加し、初層以上望樓を形成する。本天守は舊大津城天守を移設せるものと傅えられる處を檢討して、少なくも外觀の構成、構架法及唐破風等の細部手法に於て慶長8年築造當時の天守建築の手法より遡り得ると認められるものがあつて、天正13年大津城築城の當時の俤を多分に留めて居ることを考察した。從つて全般的には安土築城以後より慶長初期にかけての我國城郭建築の形態手法を考察する上に於ての最重要遺構であるを結論とし、なほ附論として天守以外の遺構たる西丸三重櫓、太鼓櫓門、天秤櫓門、二丸多門櫓の建設年代に就ての私見を附加し、終りに天守實測圖寫眞の一部を示し附圖とした。