- 著者
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今田 惠
- 出版者
- 公益社団法人 日本心理学会
- 雑誌
- 日本心理学雑誌 (ISSN:18841074)
- 巻号頁・発行日
- vol.T1, no.1, pp.34-95, 1923-01-01 (Released:2010-07-16)
- 参考文献数
- 50
右は三種の方法を述べたものであるが、之等は決して互に相排斥する性質のものではない。學者は往々自説を餘り強く主張する爲め、他の方法を全然否定することがある。之は明かに誤つて居る。一つの現象は單に一方面からのみ見るべきものと限つては居らぬ。方面を異にするに從つて又方法上の差を生ずるは當然のことである。精神作用には社會と云ふ共同生活の精神的環境を豫想する部分がある。此の範圍に屬する思考の内容的方面は當然民族心理學的方法によるべきであらう。此の研究によつて、人類の各個體の思考作用の形式上の性質に多少の光を投ずることがあるかも知れぬ。しかしそれは副産物であり、更に根本的研究に導くべき一問題を提供するに止るものである。ティチェナーは、彼の心理學に於て過程の意味」と「過程それ自身」とを明かに區別すべきことを唱へ、心理學にて研究すべきは過程それ自身であると云ぶ。民族心理學の取扱ふのは意味の方面である。我々は過程それ自身を研究することが必要である。此には二つの方面がある。一つは意識的方面の研究で、他は身體的方面の研究である。而して前者は内省法に頼るの外なく、時に必要に應じて、實驗的内省をも用ふべきであらう。後者は生理學的、行動學的方法に頼るべく、此の二方面から個人の意識現象としての思考過程そのものゝ本質が明にせられなければならぬ。斯くの如くにして思考と云ふ極めて複雜な生命現象が研究せらるゝのであるが、今は過程そのものゝ一般的、形式的方面の眞相を知り度いのであるから、後の二方法による。その中で内省は心理學の誕生以來凡ての人が試み、最早や此の方面に新に加ふべきものが少ない。行動學的研究の方法は、その研究の日尚殘く、最も有望なる方法であると思ふ。思考作用と最も密接なる關係ある言語的表出について研究せんとするのも斯くの如き理由に基いて居る。