著者
酒井 泰弘
出版者
Center for Risk Research (CRR), Shiga University
雑誌
CRR Discussion Paper, Series J
巻号頁・発行日
no.No. J-47, pp.1-41, 2014-04 (Released:2014-04-16)

本稿の問題意識の核心はこうである。市場経済のワーキングとパフォーマンスに関して、それを倫理・公平抜きに議論することが妥当であるかどうか、ということである。この点を深く掘り下げるために、先ずマッケンジー、アロー、ドブリューなどの一般均衡論の思考方式を論じる。その背後に潜む独特の美学とイデオロギーについて、詳しく吟味することが重要である。次に、市場均衡の美学に対して、異論を激しく述べてきたフランク・ナイトの考え方を述べる。その中で、競争経済における論理と倫理の関係について、視覚的かつ多角的に私見を開陳したいと思う。私がロチェスター大学にてマッケンジー先生の講義を拝聴していた頃のことである。先生が角谷の不動点定理を用いて、市場均衡解の存在を見事に証明したときに発せられた次の言葉が決して忘れることができないのだ。「おお、実に美しい!」東西冷戦の最中にあって、ソ連式の社会主義システムと米国式の資本主義システムとが激しく覇権を争っていた。厚生経済学の基本定理によれば、市場均衡はパレート最適であり、その逆も真であると言う。まさに、「真・善・美」のカント的世界がこの世に出現したかのようであった。それから40 年。1990 年におけるソ連の崩壊とともに、「経済学の東西冷戦」は終わりを告げた。それとともに、一般均衡論の美学とイデオロギーも次第に霧消していった。だが、旧来の経済学に代わるべき「新しい経済学」の建設も未だ見えない。今こそ、フランク・ナイトの異論に立ち戻り、不確実性と不完全情報の基礎の上に、総合的・学際的社会科学の建設を目指す絶好の機会が訪れていると信じている。

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