著者
利行 榧美
出版者
奈良大学史学会
雑誌
奈良史学 (ISSN:02894874)
巻号頁・発行日
vol.24号, pp.119-144, 2006-12

はじめに国忌は前代の天皇の忌日に弔意を表し、忌口に、官で定められた寺院で追善供養の斎会を行うもので、国忌口は養老儀制令太陽麟条によって、廃朝・廃務が規定されていた。①養老儀制令太陽葛条凡太陽葛。有司預奏。皇帝不レ視レ事。百官各守本司・。不レ理レ務。過レ時乃罷。皇帝二等以上親。及外祖父母。右大臣以上。若散一位喪。皇帝不レ視レ事三日。国忌日。謂。先皇崩日。依別式・合廃務・者。三等親。百官三位以上喪。皇帝皆不レ視レ事一日。どの天皇の忌日を国忌として認定するかという点に関しては、国忌指定の記事がすべて残っているわけではない。大宝二年~延暦十年までの間で国忌指定の記事が残っているのは、天武・天智・草壁皇子・藤原宮子・光明子・施基皇子・紀橡姫の七人のみである。それは、中村一郎氏がいうように[国忌の記事がないのは先皇の崩口を国忌とするという令の制度があるので特別に記載しなかった」ためと考えられる。また令には、国忌口は先皇の崩口とあるので天皇以外の人については原則として国忌指定はされなかったと推測される。この国忌の成立に関して先ず重要な史料は二つである。②日本書紀持統二年二月十六日乙巳条詔日、自レ今以後、毎レ取国忌日・、要須レ斎也。③日本書紀持統七年九月十日丙申条為浄御原天皇一、設無遮大會於内裏一。繋囚悉原遣。史料③の日付は天武の忌日に一日遅れてはいるものの、斎が行われていたことと、持統二年の詔が守られていたことを示している。廃務こそまだ行われてはいないが、この時期天武天皇の国忌日は確実に存在していたことが確認できる。滝川政次郎氏は『京制並びに都城制の研究」の中で、国忌を制度化することは持統からはじまり(このことは各氏共通)、養老儀制令にある条文は、その条の集解に古記が引かれているので大宝令に存したことは明らかであるとし、天智の忌日を国忌日としたのは、天智天皇の皇女である持統天皇のお力であったと思う。奈良時代に最も大切にされたのは、天武天皇の国忌日と大内山陵とであって、大内陵に物を献じた記事は、続紀に畳見するが、山科陵に物が献じられたのは、天平勝宝六年三月に只一回あるのみである。と述べている。これまでの国忌研究では、国忌制度の開始時期とともに、国忌の改廃や、国忌の行事内容などが明らかにされ、国忌がその天皇に対する評価として重視されてきた。特に、桓武天皇が国忌を再編(省除)するという延暦十年の政策は、天皇の皇統の問題として注目され、「天武系から天智系へ」という皇統の交替と絡めて論じられることが多かった。しかしながら長い間、廃務それ自体の検討はなされていなかった。こうした中で、初めて廃務を取り扱った藤堂かほる氏の研究が注目される。藤堂説の特徴は、奈良時代の国忌日廃務遵守の検討から、八世紀の先帝意識を探った点にある。その要点を列挙すればa、範とされた唐では国忌廃務が高祖の忌日に際して創出され、初代皇帝高祖が至高の存在として重視されていたことを受けて、日本においての先帝は天智天皇であるとしている点、b、国忌日記事の検討から、八世紀の国忌廃務制度においては天武天皇が唯一至高の権威とされていた形跡はみられず、天智の方が名実共に最高の地位を占めていたとしている点、c、奈良時代は必ずしも天武系の時代とはいえず、光仁・桓武朝における天智系皇統意識の成立は同時に、[皇統意識」そのものの成立でもあったとしている点、である。そして、律令国家における国忌廃務という制度が、国家統治者としての近代先帝を祀る国家祭祀として位置づけられていたとし、律令国家の初代皇帝として遇されたのは天智天皇であると結論づけしている。つまり、藤堂説が成り立つならば、「天武系から天智系へ」という皇統の交替という通説の見直しがせまられるのである。果してそれは妥当なのであろうか。以下、藤堂氏の論点をとりあげ、検討を加えることとする。私は、藤堂氏が検討されたように、国忌日の記事を検討することは、各天皇の個性を明らかにする一つの手がかりになると考えている。そこで本稿においてはまず、奈良時代(称徳朝まで)の国忌の特徴と先帝意識を確認する。その上で桓武朝における国忌日記事の内容と、天武忌日における桓武天皇の姿勢に考察を加えていくことにしたい。それらの検討から、奈良時代は天智・天武の二帝が先帝として位置づけられており、天武天皇の血筋が重視されていたこと、桓武天皇は延暦元年から天武系皇統を否定しており、国忌制度を利用して官人達の「先帝11天武」という意識の変革を行っていたこと、そして、延暦十年はまさに皇統が「天武系から天智系へ」とうつったことを国忌の面から宣言した年であることを明らかにする。

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