- 著者
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岡部 光明
- 巻号頁・発行日
- (Released:2018-07-10)
主流派経済学において前提される人間は、利己主義的かつ合理的に行動するという単純な人間像であるが、人間の本性はもっと多面的である。このため、人間の一面だけに焦点を当てつつ社会を理解しようとする主流派経済学は、社会科学として本質的な問題を抱えている。経済学のこうした状況を手厳しく批判するとともに、新しい研究方向を提示したのが経済学者・哲学者アマルティア・センである(1998 年にノーベル経済学賞を受賞)。本稿では、人間の幸福と社会のあり方を理解するために彼が提示した潜在能力論(capabilities approach)という枠組みを概観した。次いで、その人間観を発展的に応用したものとして位置づけることが可能な一つの人間論ないし実践哲学を紹介するとともに、それが持つ社会的含意を論じた。主な論点は次のとおり:(1)人間の幸福あるいは善い生活(well-being)を捉える方法として従来、効用(utility)を基礎とする主観的アプローチ、財産(resource)を基礎とする客観的アプローチが標準的なものとして存在した、(2)それらの欠陥を補正するためにセンが開発したのが潜在能力アプローチでありそれは主観的要素と客観的要素の両方を含む、(3)人間の潜在能力の開放を重視するその思想は自己実現を重視する現代の一つの実践哲学と重なる面がある、(4)その実践哲学は、普遍性、現代性、社会性、そして実証性を備えているので今後の展開が注目される。