著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.91-109, 2015-10-31

豊かさを測るため,これまで経済的尺度(経済成長率や一人あたりGDP)が重視されたが,近年その不十分さが強く意識されるに伴って「幸福」についての関心が上昇し,関連研究も増加している。本稿は,経済学的視点のほか,思想史,倫理学,心理学,脳科学などの知見も取り入れながら考察した試論であり,概略次の主張をしている:(1)幸福を考える場合,その深さや継続性に着目しつつ(a)気持ち良い生活(pleasant life),(b)良い生活(good life),(c)意義深い人生(meaningful life; eudaimonia)の3つに区分するのが適当である。(2)このうち(c)を支える要素として自律性,自信,積極性,人間の絆,人生の目的意識が重要であり,これらは徳倫理(virtue ethics)に相当程度関連している。(3)今後の公共政策運営においては,上記(a)にとどまらず(b)や(c)に関連する要素も考慮に入れる必要性と余地がある一方,人間のこれらの側面を高めようとする一つの新しい思想もみられ最近注目されている。(4)幸福とは何かについての探求は,幅広い学際的研究が不可欠であり今後その展開が期待される。
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
vol.51, pp.21-40, 2017-10-31

現在の主流派経済学は、人間の行動に関して比較的単純な前提(利己主義的かつ合理的に行動する人間像)を置き、そうした個人や企業によって構成される市場のメカニズムとその帰結を分析の基本としてきた。しかし、多くの学問分野の研究によれば、人間は単に利己主義的な存在であるだけでなく利他主義的動機も併せ持つほか、モノの豊富さ追求以外にも多様な行動動機を持つことが明らかになっている。このため、経済学においては人間の行動動機を再検討する必要がある。また経済学の究極的な目的が個人の「幸福」と「より良い社会」の構築にあるとすれば、市場メカニズム以外にも、個人の行動がより良い社会を導くといった思想の探究もその射程に入る。本稿では、そのような問題意識に基づいて刊行した近刊書籍(岡部 2017a)の要点を紹介した。そして(1)人間にとって持続性のある深い幸福は単に消費増大というよりも人間の能動的側面(自律性、絆、人生の目的意識等)に関わっている、(2)社会の基本的枠組みの理解においては従来の二部門(市場・政府)モデルでなく上記(1)の延長線上に位置づけられる三部門(市場・政府・NPO)モデルに依る必要がある(後者の優位性は経済政策論の観点から理論的に示せる)、(3)個人の幸福追求と社会改革を一体化する一つの現代的な実践哲学が存在感を高めており今後その動向が注目される、などを主張した。
著者
岡部 光明

米国では、ここ20~30年間、そこでの宗教の動向ないし精神事情を理解するに際して「宗教的ではないがスピリチュアル」(spiritual but not religious: SBNR)という表現が用いられる場合が増えている。本稿では、その実情、背景、意義、先行きを論じるとともに、日本にとっての含意を考察した。その結果、(1)アメリカ人は生きる動機の追求を宗教教団に所属するよりもむしろ個人的に追求する傾向が強まっている、(2)その背景には新自由主義や個人主義の風潮がある、(3)スピリチュアリティ(精神性)には現代心理学などの知識や知恵が活かされている面がある、(4)こうしたスピリチュアリティという視点はとりわけ医師・看護師・カウンセラーなどヒューマン・ケアに関連する専門職によって重視されている、(5)日本でもスピリチュアリティを重視する自己研鑚の思想があり今後の展開が注目される、などを論じた。
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学研究会
雑誌
国際学研究 (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
no.41, pp.83-95, 2012-03

プレゼンテーション用ソフトウエア「パワーポイント」は,各種組織の内外における報告や学会発表をはじめ,大学の授業などでも広く使われており,いまやコミュニケーションにおける強力かつ不可欠な道具になっている。しかし,その使い方に配慮を欠くことから効果的とはいえない使用例が大学生・大学院生の場合を含め少なくない。本稿は,パワーポイントを的確かつ効果的に使うため,最近の認知心理学やデザイン論の成果を援用するとともに,著者の経験やアイデアをも踏まえつつ実践的な指針を整理した論考である。研究メモ
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.85-103, 2016-03-31

本稿では、市場でも政府でもない第三部門としての非営利組織(non-profit organization,NPO)を取り上げ、その組織的特徴、機能、機能支援要因であるソーシャル・キャピタル(社会関係資本)の働き、日本における課題、などを論じた。その結果得られた主張は、末尾の「結論」に箇条書きしたとおりである。
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
vol.49, pp.105-122, 2016-03-31

本稿では、日本語として未だ使われることが多くないインテグリティ(integrity)に焦点を合わせ、その概念、構成要素、機能などを分析した。その結果、次の主張をした。(1)インテグリティとは、語源的に首尾一貫性を基本的意味として持っており、それに正直、誠実、公正などの倫理的意味や、説明責任などの要素も加わった複雑な概念である。(2)インテグリティを体得すれば a)どのような状況にも安心して対応できる、b)第三者からの信頼感が高まる、c)日々の生活を単純化できる、などのメリットがある(本稿ではこれらをシェリングの自己管理モデルを応用して分析した)。(3)インテグリティは、個人についてだけでなく、職業上のインテグリティ、組織のインテグリティなど多くの面で重要な規範になっており、それらが満たされる組織や社会は健全な良い社会になる。(4)日本では、インテグリティの概念を普及させる余地が依然としてかなり大きく、それは大学教育で達成すべき大きな目的の一つでもある。
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
国際学研究 (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
no.48, pp.91-109, 2015-10

豊かさを測るため,これまで経済的尺度(経済成長率や一人あたりGDP)が重視されたが,近年その不十分さが強く意識されるに伴って「幸福」についての関心が上昇し,関連研究も増加している。本稿は,経済学的視点のほか,思想史,倫理学,心理学,脳科学などの知見も取り入れながら考察した試論であり,概略次の主張をしている:(1)幸福を考える場合,その深さや継続性に着目しつつ(a)気持ち良い生活(pleasant life),(b)良い生活(good life),(c)意義深い人生(meaningful life; eudaimonia)の3つに区分するのが適当である。(2)このうち(c)を支える要素として自律性,自信,積極性,人間の絆,人生の目的意識が重要であり,これらは徳倫理(virtue ethics)に相当程度関連している。(3)今後の公共政策運営においては,上記(a)にとどまらず(b)や(c)に関連する要素も考慮に入れる必要性と余地がある一方,人間のこれらの側面を高めようとする一つの新しい思想もみられ最近注目されている。(4)幸福とは何かについての探求は,幅広い学際的研究が不可欠であり今後その展開が期待される。【研究メモ/Research Memoranda】
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
国際学研究 (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
no.46, pp.19-49, 2014-10

「自分にしてもらいたくないことは人に対してするな」(禁止型)あるいは「自分にしてもらいたいように人に対してせよ」(積極型)という格言がある。これは,洋の東西を問わず古くから知られた倫理命題であり,一般に黄金律(Golden Rule)と称されている。本稿の前半では,その生成と発展の歴史を簡単にたどるとともに,この格言の意義を考察した。その結果(1)禁止型を積極型へ明確に変更したのはキリスト教の聖書である,(2)黄金律は宗教や文化を超えて道徳の基礎となっているので普遍性があり,またそれは相互性,論理整合性,人間の平等性といった重要な原則も主張している,一方(3)自分と相手の価値観に差異がある場合にはそのルールの適用に留意が必要である,などを主張した。本稿後半では,黄金律よりも視野を拡大し,世界中の多くの宗教や文化に共通する規範になっている利他主義(他人の幸せに関心を払う主義ないしそのための行動)を取り上げた。そして,利他主義の動機をどう理解すべきかについて,多様な分野(社会科学,生物学,神経科学等)の研究や実験結果を展望することによって多面的に考察した。その結果(1)人間は利己主義的動機に基いて利他的行動を示す場合もある一方,他人の利益だけを考慮して行動するケースも確かにあること,(2)利他主義(与えること)は与える人の健康と幸福にとって良い効果を持つこと,(3)この(2)のことが利他主義の普遍性を支える一つの要因になっている可能性があること,などを述べた。【研究メモ/Research Memoranda】
著者
岡部 光明 OKABE Mitsuaki
出版者
明治学院大学国際学研究会
雑誌
明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
no.34, pp.21-58, 2009-03

本論文では,これまで日本経済の基調を形作る役割をしてきた日本企業を取り上げ,それをコーポレート・ガバナンス(企業統治)という視点にたって一連の論点を整理した。その結果(1)日本企業の行動を従来規律付けていた条件は1980 年代以降消滅した,(2)これに伴って企業のガバナンスが空白化し,それが1980 年代の資産価格バブルと1990 年代の長期不況の一要因になった,(3)近年は外国人による日本企業株式の取得増大などにより,株式市場の動向が企業の経営と行動を左右する傾向(英米型企業ガバナンスの色彩)が強まっている,(4)現在の日本企業の統治は,伝統的方式と英米的方式の混合型が増えるとともに統治スタイルの多様化が進んでいる,(5)今後日本企業が革新的な製品を生み出してゆくには,その統治方式を左右する金融環境ならびに法制度の整備が引き続き大きな課題である,などを主張している。
著者
岡部 光明

近年、価値観が多様化するなかで、良い人生を生きるために自己啓発への関心が高まっており、それに関する書籍の出版も盛況を呈している。本稿では、多様な自己啓発書(邦訳書を含む)の中から比較的高い評価を得ている5件を選び、それぞれの概要を整理して紹介した。そして、そこに現れている人間観や社会像から何が読み取れるかを考察した。主な論点は次の通り。(1)いずれの書物においても良い人生を送るためには人間の性格(人格、パーソナリティ、character)の改善が不可欠だとされている。(2)このため人格がどう形成され、どう変革可能かの議論に多くの紙幅が割かれている(但し提案されている人格変革の方法は様々である)。(3)人は単独で生きているのではなく多様な共同体(コミュニティ、つながり)の中で生きている(このため仕事は自分と社会をつないで生きがいをもたらすという重要な機能を持つ)という理解が共通の認識となっている。(4)人間のこうした理解は主流派経済学で前提される人間像(消費最大化のため利己的・合理的に行動する原子論的な主体)よりも的確だと思われるので、経済学は今後そうした側面も取り入れた展開をする必要がある。
著者
岡部 光明
出版者
明治学院大学国際学部
雑誌
明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review International & regional studies (ISSN:0918984X)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.81-113, 2015-03-31

2012年12月,3年ぶりに政権に復帰した自由民主党は,日本経済の再生を最優先課題に掲げ,「強い経済」を取り戻すための経済政策パッケージ「アベノミクス」を更年後1月初めに打ち出した。それは「3本の矢」によって政策目標を達成しようとするものであり,第1の矢(金融政策),第2の矢(財政政策)は2013年前半に順次発射され,第3の矢(多様な側面を含む成長戦略)はその後1年半のうちに徐々に取り組みが進められてきている。本稿は,この政策パッケージの内容と特徴を整理するとともに,その評価を2年弱経過した時点(2014年秋)において試みたものである。その結果(1)この政策パッケージの発表と取り組みに伴って円高の修正(円安化)が進む一方,株価が急上昇するなど市場は政策を当初高く評価した,(2)それに伴い景気回復,企業の業績改善,雇用情勢の改善などがみられ日本経済におよそ6年ぶりに明るさが戻っている,一方(3)金融面で超緩和を継続してもそれが今後大きな追加的効果を持つかどうかは疑問が多い,(4)財政面での支出拡大(大幅な補正予算)の効果は専ら短期的なものであり経済の構造変化に結びつく項目は多くない,(5)政策パッケージにおいては短期的視点と長期的視点が混在し十分に整理されていない面がある,(6)最初の2本の矢(金融政策と財政政策)はいわば時を買うための手段にとどまるので,日本経済の長期安定成長にとっては,第3の矢をはじめ未着手の大きな課題である財政収支改善の道筋確定(いわば第4の矢),そして日本経済の構造変革の実現に結びつく大きな視点からの対応(生産性向上,強い円の指向など)が残された課題である,などを主張した。
著者
岡部 光明

コーポレート・ガバナンスとは、企業がその「本来的な機能」を十分に果たすために「関係者」相互の関係を規定する「仕組み」が構築され、それが機能している状態を指す。しかし、この場合、企業の本来的な機能、関係者、仕組みをそれぞれどう考えるかによって多様な見方がある。本稿では、コーポレート・ガバナンスのあり方(手法)に関する従来の考え方を示すとともに、それらとは全く異なる一つの新しい視点からのアプローチとその可能性、必要性、そのための課題、を提示することを意図している。その結果、(1)従来の視点とは経済学(ファイナンス論)アプローチ、法学(法令コンプライアンス)アプローチの二つである、(2)これに対して倫理学アプローチという発想もありうる、(3)その場合の中心的な概念はインテグリティ(integrity)でありそれは一貫性、道徳性(誠実)、説明責任によって構成される、(4)企業関係者がその意義と価値を体得するとともに組織としてもそれを重視するようになればコーポレート・ガバナンスの手法として新しい次元(法律ベースのハード統治に加えてソフト統治)を追加する意味を持つ、(5)これは理論的にも妥当性を持つ(シェリングの自己管理モデルで説明可能である)、(6)日本社会では今後インテグリティという概念の理解とその普及が課題であり、それは教育(特に大学教育)の大きな役割の一つでもある、などを主張した。
著者
岡部 光明

大学は、先端研究を担うほか、将来における一国の中核的人材を養成する社会的組織である。そのあり方を考える場合には、学生が大学で学び身に付けるべきことは究極的に何なのか、そしてそれをどのようにして学生に身に付けさせるべきか、という二つの原点に立ち返って考えることが大切である。本稿は、筆者の国内外で大学教育に関わった体験、ならびに関連する学問領域(教育学、心理学、人格形成論、経済学など)の動向を踏まえて大学教育のあり方を考察したものである。その結果、(1)大学教育の目標は三つ(日本語力、インテグリティ、向上心)に集約できる、(2)そうした整理の仕方は関連する学問分野の最近の研究動向(批判的思考力や非認知能力の育成重視)に照らしても整合的といえる、そして(3)そうした視点とその実践結果は筆者が接してきた学生諸君の声からも支持されている、などを主張した。
著者
岡部 光明

大学教育の目標は、日本語力、インテグリティ、向上心の三点に集約できることを別稿(岡部:2018)で指摘した。本稿は、リベラルアーツ教育という観点からその発想を評価するとともに、そうした目標を達成するにはどのような学習方法と制度的な仕組みが相応しいかにつき、国内外の3つの大学における教育のあり方に照らして考察した。その結果、(1)上記3 目標はリベラルアーツ教育という観点にも合致している、(2)その教育効果を挙げるには「講義+少人数クラス(ゼミや研究会)」という制度がふさわしく、この点を含めて米プリンストン大学の学部教育に学ぶべきことが多い、(3)大学教育においては仲間と共に学ぶという環境(人間的きずなの形成)が在学時だけでなく卒業後の人生にとっても大切である、(4)日本の大学生の学習時間はアメリカ等の大学生に比べて著しく少ないが、その理由は大学教育が本来どうあるべきかが日本では正面から問われることがなかったことを反映しているので、いまその根本的な議論が必要である、などを主張した。
著者
岡部 光明
巻号頁・発行日
(Released:2018-07-10)

主流派経済学において前提される人間は、利己主義的かつ合理的に行動するという単純な人間像であるが、人間の本性はもっと多面的である。このため、人間の一面だけに焦点を当てつつ社会を理解しようとする主流派経済学は、社会科学として本質的な問題を抱えている。経済学のこうした状況を手厳しく批判するとともに、新しい研究方向を提示したのが経済学者・哲学者アマルティア・センである(1998 年にノーベル経済学賞を受賞)。本稿では、人間の幸福と社会のあり方を理解するために彼が提示した潜在能力論(capabilities approach)という枠組みを概観した。次いで、その人間観を発展的に応用したものとして位置づけることが可能な一つの人間論ないし実践哲学を紹介するとともに、それが持つ社会的含意を論じた。主な論点は次のとおり:(1)人間の幸福あるいは善い生活(well-being)を捉える方法として従来、効用(utility)を基礎とする主観的アプローチ、財産(resource)を基礎とする客観的アプローチが標準的なものとして存在した、(2)それらの欠陥を補正するためにセンが開発したのが潜在能力アプローチでありそれは主観的要素と客観的要素の両方を含む、(3)人間の潜在能力の開放を重視するその思想は自己実現を重視する現代の一つの実践哲学と重なる面がある、(4)その実践哲学は、普遍性、現代性、社会性、そして実証性を備えているので今後の展開が注目される。