著者
塩谷 亨
出版者
北海道言語研究会
雑誌
北海道言語文化研究 = Journal of language and culture of Hokkaido (ISSN:18826296)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.93-118, 2016-03-31

本稿では、青森県地方において方言名として認識されている魚種等の名称のリストを提示し、それについてのいくつかの特徴を明らかにした。方言名としてリストされていた名称には、標準和名と全く異なるもの、標準和名と部分的に共通部分を含むもの、標準和名に方言特有の音変化が生じたと思われるもの、標準和名を短縮した形のもの、標準和名と同一形であるが方言名リストに加えられているものが含まれていた。標準和名と全く異なる方言色が濃い名称は、全国的に広く流通していない、地元以外の一般家庭にはあまり馴染みがないような魚に多く見られる傾向があった。一方で、全国的に広く流通し地元以外の一般家庭でもおなじみの食材で商業上も重要と思われる魚の中には、標準和名では一つの魚種となっているのが何らかの基準で細分化され、それぞれに名称が付与されているものが見られた。これは、地元の人達のそれらの魚に対する関心の高さを反映していると思われる。また、大きさや収穫時期を表す<その魚の特徴を表すキーワード>+<その魚が属するグループを指す一般的な名称>という複合的な形式で下位分類を表すものについては、特に大きさや収穫時期(旬の時期と関連)は商品価値にも影響することから、商業上の重要性が大きく関与していると思われる。
著者
大喜多 紀明
出版者
北海道言語研究会
雑誌
北海道言語文化研究 = Journal of language and culture of Hokkaido (ISSN:18826296)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.25-48, 2018

大林(1979)は、裏返し構造を、異郷訪問譚形式の物語に見いだされる特徴的な構造と推認した。一方、異郷訪問譚とは言えない物語にも裏返し構造による物語の存在が、大喜多(2016)ではアイヌ口承テキストに、大喜多(2017)では旧約聖書(日本聖書協会1989)の「創世記」冒頭の5 編の物語テキストに確認されており、当該構造が見いだされる範囲については、異郷訪問譚の範囲に限定するべきではないことが指摘されている。ただし、大喜多(2016)および大喜多(2017)が指摘した事例数は決して多いとは言えない。そこで、本稿では、旧約聖書を検討した大喜多(2017)の知見を前提に、そもそも聖書テキストには、異郷訪問譚とは言えないにもかかわらず、裏返し構造になりやすい性質があると言えるか否かの確認を行うべく、今まで検証されてこなかった、新約聖書(日本聖書協会1989)に収納された物語を題材に、裏返し構造を当てはめる観点による分析を行った。なお、本稿では、新約聖書に収納された「マタイによる福音書」の巻頭の5 編の物語をテキストとした。
著者
大喜多 紀明
出版者
北海道言語研究会
雑誌
北海道言語文化研究 = Journal of Language and Culture of Hokkaido (ISSN:18826296)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.195-216, 2017

従来、裏返し構造は、異郷訪問譚にみとめられる構造上の「共通の約束」と見做されてきた(大林 1979)。一方、大喜多(2016)では、異郷訪問譚以外の形式での裏返し構造の事例が、いくつかのアイヌ口承文芸テキストにおいてはじめて見いだされた。異郷訪問譚ではないいくつかのアイヌ口承文芸テキストに裏返し構造が見いだされた理由に関し、大喜多(2016)では、アイヌ民族における交差対句を好む心性に起因するのではないかという仮説が提示された。本稿はこれを踏まえ、アイヌ民族を話者とするテキスト以外で、これと同様に交差対句が頻用される特徴を有するテキストである聖書テキストに注目することにより、大喜多(2016)の仮説の検証を行った。なお本稿では、聖書の「創世記」の冒頭に収納された 5 編の物語をテキストとした。本稿の検証によれば、テキスト 5 編中、異郷訪問譚ではない 4 編の内の 3 編が裏返し構造により構成されていることが確認できた。この結果は、上述の仮説を支持するものである。