著者
中瀬 勲
出版者
大阪府立大学
雑誌
大阪府立大学紀要 農学 生物学 (ISSN:03663353)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.67-104, 1981-03-31
被引用文献数
2

従来から行われてきた広域スケールでの都市および地域計画,そして緑地計画等の計画に際して,計画のための単位の検討が十分に行われていなかったことが,各地域での全体景観(Total Landscape)形成上,多くの問題を提起している。これは,各地域の保有する諸条件のは握のあいまいさ,あるいは各地域の特性認識の欠除に起因していると思われる。ここに,地域の特性に対応した計画単位の提案,およびそれらの計画単位を用いた地域特性評価を,計画学的に支持される手法で導くことの重要性が指摘できる。このような観点から,本論文では「広域緑地計画における流域を基礎にした計画単位の提案と,それらの計画単位を応用した各地域が保有するポテンシャルの計測および評価を,計画学的に導く方法論の確立とその計画的意義に焦点を合せ考察を行った。さらに,緑地計画・景観計画・風致計画の基礎になる土地利用構造のは握を,流域を構成する下位スケールの計画単位と考えられるメッシュを用いて行い,前述の流域を計画単位として用いた方法論と併せて,全体景観形成への計画的方法論の展開についての考察を行ったものである。」以下,本論文で考察した主な内容をとりまとめると次の如くである。(1)計画に関与する諸単位については,行政区域(市町村)・メッシュ・特定施設の利用圏的な単位・その他の目的別単位をあげることができる。これらの諸単位は,あらゆるスケールの計画対象地域における自然的現象・社会的現象のは握を客観的に導くに際して,各々の長所および短所を有している。(2)諸計画単位は地域特性に対応して各々の有効性を発揮するが,流域は行政区域(市町村)の集合であるとみなせる場合が多く,計画単位の集合の仕方としては,メッシュが流域および行政区域を構成し,さらに行政区域が流域を構成する場合のあることが明らかとなった。すなわち,流域を行政区域の境界線を利用した地域計画スケールでの新たな計画単位として位置づけられることの可能性を示した。(3)また,流域は土地利用的にも地表流に関しても地形的にも,流域内で比較的完結した状況を呈していること,さらに自然的災害に関しても原因および結果が流域内では握可能なことを通じて,流域の計画単位としての有効性を指摘した。(4)次に,流域を計画単位として取り上げて,地域の開発および保全ポテンシャルの設定を試みる一方,メッシュを計画単位として土地利用が安定して存在する領域の設定を計画的に導くことを目的とした。そして,自然的条件からの検討では,流域を計画単位として取り上げ,スケールに対応して流域を単位流域および分割流域といった新たな概念に基づいて計画単位としての意義づけを試みた。なお,単位流域は1級および2級河川の流域であると定義し,分割流域は単位流域内の河道分岐に対応して単位流域を細分化した単位であると定義した。(5)分割流域設定の指標となる河道の分布は,広域スケールでは,国土地理院発行の1/50,000の地形図,準広域スケールでは大阪府作成の1/30,000の河川図,流域スケールでは大阪府作成の1/2,5000の地形図より求めた。(6)広域スケールでは,単位流域・分割流域毎の,流域形状特性・土地利用特性の検討を通じて単位流域相互間および分割流域相互間の相対的比較を行った。最終的には,広域緑地計画を意図した環境の全体計画の立場からの検討を流域の保有する諸特性,すなわち1)流域形状特性よりの流域の保全性2)山林の保全性3)田畑の保全性4)市街地の保全性を通じて考察した。(7)準広域スケールでは,流域群にわたる開発および保全ポテンシャルの検討を,流域内での土地利用と主尾根の分布に着目して検討した。そして,単位流域の境界である尾根を主尾根と定義し,この主尾根が地域景観構成上の重要な要因であることが認識された。(8)また,土地利用構造に関しては,単位流域内では土地利用が山林・田畑・市街地へと変化しながら等高線に直交する方向で連続して分布している。このことから,この現象を「縦方向の土地利用の連続性」であると定義した。一方,市街地・山林は等高線に平行する方向で連続して分布している。この現象を「横方向の土地利用の連続性」と定義した。(9)これらの考察を通じて,市街地の拡大のあり方,自然的土地利用としての山林および田畑の存在の仕方に関する有効な計画的示唆を得た。また,単位流域は上位スケールでの計画策定上の計画単位として有効であり,分割流域は下位スケールの計画単位として有効であることが認められた。流域スケールの検討では1つの単位流域をケースに取り上げて,植生・土壌・地形条件を基礎指標に,地域緑地計画を意図した開発および保全ポテンシャルの設定を行った。植生は植生自然度を参考に5つに類型化し,土壌は生産力に対応して5つに類型化した。この結果を通して,開発および保全ポテンシャルモデルの作成を行い,地域の開発あるいは管理のための有効な計画的示唆を得ることができた。(10)社会的条件からの検討では,基本的には1/2分割経緯度メッシュを計画単位に取り上げて,社会生態的条件による土地利用安定城の設定を目的としている。ここで用いたデータは1)起伏量2)駅からの距離3)道路率3)時間距離5)道路への近接性6)山林7)田畑8)市街地9)農地転用である。なお,各々のデータは表2-4に示す如く各メッシュ毎に求めたものである。(11)土地利用変化方向は,一般に可逆的な変化方向と非可逆的な変化方向としては握できる。つまり,可逆的な土地利用の変化とは,自然的土地利用としての山林・畑・田の相互間での土地利用変化を意味し,非可逆的な土地利用変化とは,自然的土地利用から都市的土地利用としての市街地・工場地等への土地利用の変化を意味している。この非可逆的な土地利用変化が,今日の景観の画一化の原因となっていることが考察できる(図2-8)。(12)このような土地利用変化方向の可逆性・非可逆性に加えて土地の起伏の程度から,景観の変化プロセスと土地利用変化についての考察を試みた(図2-9)。この結果,都市的土地利用の拡大がさらに進行すると,今まで都市的土地利用と自然的土地利用のの間に存在していた動的平衡状態の維持が不可能になると推察でき,次に述べる土地利用毎の安定域・適応域・最適域の設定を計画的に行うことの重要性が認識できた。(13)土地利用の存在状況を計画的には握する場合の概念に,安定・適応・最適が考えられる。これら諸概念は,現況の土地利用を自然的土地利用と都市的土地利用のダイナミクスとしては握することである。以上の諸概念に基づいて土地の持つ社会生態的条件を媒体にして,各々の土地利用の安定域・適応域・最適域の各領域設定が可能となる。このことを通じて,都市的土地利用と自然的土地利用の共存,あるいは各々の土地利用の安定的存在のための計画的方策の基礎が得られる。(14)そして,土地利用の安定域については,昭和41年および昭和48年の土地利用の分布の仕方と土地の起伏量を指標に検討を行った。その結果,以下のことがわかった。1)"山林"は起伏量9以上で安定し,起伏量7以上でもやや安定する。2)"田"は起伏量0から6の間で安定する可能性が高い。3)"畑"は起伏量3から7の間で安定する。4)"市街地"は起伏量0の地域で安定している。さらに,土地利用の安定域の検討を表2-4に示す土地利用生態支持要因のデータ,現況土地利用のデータ,および農地転用のデータを用いて行った。結果は表2-5に示す如くであり,以下の諸点が考察できた。1)"山林"は起伏量が8以上,道路率がメッシュ当り5.0%以下,都心からの時間距離が60分以上の地域で安定している。2)"市街地"は起伏量が6以下,道路率がメッシュ当り0.1%から10.0%,都心からの時間距離が60分以内で安定している。(15)前述の表2-4に示すデータを用いて主成分分析を行った。その結果,「山林の分布に関する主成分」および「田畑の分布に関する主成分」を得ることができた。すなわち,「山林の分布に関する主成分」の高得点域(1.0以上)が山林の安定域,「田畑の分布に関する主成分」の高得点域(1.0以上)が田畑の適応域となる。田畑の分布域に関して適応域の概念で示しているのは,現在田畑が分布している領域も,将来は市街地化される可能性を有していると考えたからである。(16)土地利用変化についての検討は,農地転用のデータと土地利用現況のデータを用いて行った。これは農地転用のされ方を通じて,農地の将来の在り方に対する基礎的な方向性を得ることを目的としている。ここでは確率プロセスの1つであるマルコフ吸収連鎖を適用して検討を行い,農地規模には関係なく農地が転用されていく方向性が認識できた。このことから,農地を生産緑地として維持すべき地域,あるいは市街地化すべき地域といった地域区分を計画的に設定することの重要性が認識できた。(17)以上で得られた新たな計画単位としての流域の有効性,および土地利用毎の安定域・適応域・最適域の考察結果に基づいて,地域の保有する自然的ポテンシャル・社会的ポテンシャルを考慮に入れた緑地計画・景観計画・風致計画に関する計画論の展開を行った。ここでの考察は流域を計画単位として,これを単位流域と定義してみた。そして,単位流域という考え方は,広域スケールでの計画では定量的データの取り扱いに適しており,地域スケールの計画では定量的データに加えて定性的データの取り扱いにも適していることがわかった。また,単位流域の境界としての主尾根を構成する分割流域群は,地域の環境管理上のフレームとして重要な役割を担うと同時に,地域の全体景観の保全あるいは全体景観の構成上,重要な計画的位置を占めることが知られた。(18)さらに,土壌および植生のデータを基礎にして,地域の開発および保全ポテンシャルモデルの作成を試みた。このモデルは,土壌と植生との総合化を試みたものである。このモデルを通じて設定された地域区分をオーバーレイすることにより,さらに詳細な地域の保有する開発および保全ポテンシャルのは握が可能になる。このような観点からの開発および保全ポテンシャルを導く方法論および結果は,緑地計画のみならず各種の計画を展開するに際して,高い有効性が期待できる。(19)土地利用の安定域・適応域設定のための方法論を図3-2に示す。この方法論は,現在市街地化が進行しつつある地域を対象にして考慮したものであるが,他の地域特性の異るケースにも応用が可能なものであろう。(20)以上のように本論文は,緑地計画・景観計画・風致計画等の諸計画において,比較的広域スケールの計画への適用を目的としたものであるが,特に計画単位の明確化および地域の保有する諸現象の分析・統合のシステムを計画学的に導く方法論の開発に目的の重点がおかれたものである。この方法論より導かれた計画単位は,地域の開発および保全に関して有効な計画上のフレームを形成するものである。また,土地利用の安定域・適応域の概念は,これまでの土地利用計画に不足していた理論的側面を明確化する点で意義がある。さらに,これらの計画単位および土地利用の安定域・適応域の概念に基づいて,地域特性の明確なは握が可能になり,全体景観構成への計画的アプローチの1つとして確立されたら幸いである。