著者
渡瀬 典子 WATASE Noriko
出版者
日本家庭科教育学会東北地区会
雑誌
東北家庭科教育研究 (ISSN:1347331X)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-6, 2006-10-01

2004(平成16)年度の「学校基本調査」(文部科学省)では,公立の小・中・高等学校,盲・聾・養護学校に在籍する外国人児童生徒数は約7万人で,バブル期を境にその全体数は減少傾向にある。その一方で,日本語を第一言語とせず,出身国の文化を背景に持つ子どもの数は増加傾向にあり,彼らの文化を尊重しつつ,日本の生活・日本語理解に関する指導が課題となっている。日本国内で生活し,他国の文化を持つ児童生徒を対象とする研究は,教育社会学によるアプローチが主流であり,教科教育研究はあまり見られない。この背景には,日本以外の国で長く暮らした帰国子女あるいはニューカマー(1980年代以降に来日し,定住した外国人)の児童生徒が大都市圏や一部の地域に眼定されており,全国共通のカリキュラム課題という認識をもちにくいことが挙げられる。一方,諸外国に目を転じると,多民族国家である北米・ヨーロッパ諸国では,大量の難民・移民の流入によって国民の民族構成に大きな変動が起こっている。例えば,多文化主義(国家を形成する各民族の文化を尊重し,民族の違いで自由,平等,正義,公正,人間の尊厳を妨げない考え方)をとり,移民の受け入れにも比較的寛容だったカナダでは1990年代以降トロント,バンクーバー等の大都市を中心にアジア系移民が急増した。2003年のカナダ市民権・移民省(Citizenship and Immigration Canada) の統計によると,今世紀に入り毎年20~25万人の移民者を受け入れており,2001年の国勢調査値ではバンクーバー(全人口約200万人)に居住する移民者74万人のうち約6割がアジア系移民である。これらの都市には,各民族が持つ生活文化を維持できるようなコミュニティ,生活資源の供給システムが構築されてきた。ここで多文化主義国家における多文化教育について若干の説明を加えたい。「多文化」を構成する軸には「民族・人種,国籍」のほかに,ジェンダー,障害の有無,地域,年齢等の要素がある。そしてそれぞれの軸が,ある社会の中で複合的に関わりあい,存在している。恒吉はこのような状況の中で,多文化教育を「多文化の共存する社会(世界)において,文化的多様性を肯定し,教育のプロセス,かくれたカリキュラム,学校の権力構造,既存のカリキュラム,教材,教育理念や教育の実践や方法などを見直し,少数者を含む全ての学習者の学習を保障し,より公正な多文化社会の実現に向けた資質を育成,改革するプロセス,全ての学習者を射程に入れた教育」と捉えている。多文化教育は多様な文化背景を持つ人々で構成される多文化(主義)国家で危急の教育課題といえるが,2002年にイタリアのベラジオで開催されたベラジオ会議では多文化的市民教育への(基本)原則と概念が提示されるに至っている。日本では,急激な少子高齢化に伴い,将来的な労働力の確保という観点で移民の受け入れを積極的に進めようという意見もある。そのほか,グローバリゼーションの進展に伴い,私たちは日本国内に居ながらにして様々な文化に触れる機会が増えている。家庭科教育は児童・生徒の生活に関わるモノ・ヒト・コトを学習対象とし,その学習内容は多岐にわたる。また,学習内容の選定において国・地域社会さらには児童生徒の文北・制度的背景も大きく影響を与えるため,多文化主義下での家庭科教育実践を見ることは,将来の日本の教育を考える上でも示唆に富むと考えられる。